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第52話

ダンダンダンッと、大都会の高層マンションの一室である千堂宅の扉を咲也は怒りに任せて拳で叩きつけた。 セキュリティーシステム云々を気持ちがいいぐらい難なくすり抜けてここまでやってくる門倉家次男の咲也をモニターにて千堂はほくそ笑む。 あまり放置してもご近所に迷惑だと千堂は玄関へと向かって扉を開いた。 「こんにちは。咲也君」 長く黒い髪を後ろで一つに結び、優雅な物腰で中へと誘う男を前に咲也は眼鏡の奥の瞳を細めた。 その気の強そうな眼差しに千堂の背筋になんとも言えない戦慄が走った。 ぞくぞくとするその快感に似た感覚に千堂は三年前の咲也を思い出す。 兄の優一にべったりくっついては神経質で無表情な少年はとても美しい人形だった。 長男の放つ強烈な美貌とカリスマ性の影に隠れた宝石を見つけた時はえらく興奮した。 その思惑を優一は瞬時に察し、千堂は己の悪巧みを潰しにかかってきた兄と一悶着あったが、大いに暇潰しが出来た過去の記憶に笑みが溢れた。 「大きくなったね」 蛹から羽化して無事、蝶へと還ったと微笑む千堂の瞳は熱情を孕み、咲也を値踏みし始めた。 ねっとりと絡みつく男の視線に不愉快さが生まれ、咲也は眉間に皺を寄せると本題を口にした。 「その様子じゃ、俺に興味が無くなった訳ではなさそうだな。それなのにどうして俺の依頼は受けない?」 奥歯を噛み締め、吐き捨てるように聞いてくる咲也に千堂は肩を竦めて自分の足を引っ張っていたまさかの人物の名を口にした。 「九流 渉。彼が君より先に私に依頼してきたんだよ。門倉 咲夜の依頼を受けるな。ってね!」 楽しげに微笑み、手の内のカードを見せてくる千堂に咲也の瞳が見開かれた。 「対価ももう支払われてる。だからプロとして約束を反故にはできない」 ハッキリと理由を述べられ、咲也は目の前が真っ暗になった。 もう完全に打つ手がなく、兄を手放さなければならない現実に足の力が入らず、その場に座り込んでしまう。 青い顔で絶望する咲也の美貌に千堂は酔いしれた。この美しい蝶をなんとか手にできないかと思案する。 そして、一つの抜け道に辿り着くと悪魔の如く甘い囁きを口にしていた。 「私と付き合わないか?そしたら、恋人として我儘を聞いてあげてもいいよ……」

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