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第55話

優一の前で縮こまって座る咲也はグズグズ泣いては俯いていた。 この重っ苦しい空気がいつまで続くのかと物置さながらに咲也の隣に座る渉も伏せていた視線をそっと上げる。 こめかみを押さえ、どう話を切り出そうかと悩む様子を見せる優一に渉は少しは咲也の気持ちを思いやってくれてると思うと安心感も得た。 「咲也……、ごめん」 かなり長い沈黙を破る一言は意外な事に優一からの謝罪だった。 怒鳴って蔑み、縁を切ると冷たく言い放つ事も今までの優一ならば容易に有り得た。 それが何故か咲也への謝罪から始まり、渉は驚きに顔を上げた。 それはどうやら咲也も同じなようで涙に濡れた瞳を兄へと向けた。 眼鏡の奥の自分と同じ紅茶色の瞳を見据え、優一は静かにだが、確実に相手へと伝わるようにハッキリと告げる。 「お前の想いには応えられない。俺は綾人を愛してる。生涯の伴侶として俺が自分の意思で決めたんだ」 大好きな兄の顔がかつてないほど真剣なもので咲也はその表情に魅入った。 こんな時でも兄がかっこよく見えて胸が高鳴った。 完全な失恋を現在進行形にて行われているのにこんな風に思うなんて本当に自分は大馬鹿者だと涙が溢れた。 眼鏡が邪魔で咲也は取り払い、優一を愛おしいと見つめる。 「好き。兄様、俺……兄様が好きです。兄様以外好きになれない…っ……」 助けてと新たな涙を溢れさせる咲也に優一は悲しげな微笑を浮かべた。 「今は祝福して欲しいとは思わない。……ゆっくりでいいから俺を諦める努力を咲也はしてくれないか?」 「そんなの無理!俺には兄様だけなんだから!!俺、兄様の為なら何でもする!本当に何でもします!!だから……」 兄様が白木を諦めて……… 掠れる声で祈るように咲也は両目を両の手の平で押さえて呟いた。 その言葉に優一は厳しくもハッキリとした声で言った。 「俺も同じ思いなんだ。綾の為なら何だってする。何でもしてみせる……。お前の気持ちが痛いぐらい分かるよ。だから、分かって欲しい。弟して俺の側にいて欲しいんだ。頼む咲也……」 説に願うように乞うと、咲也は止めることが出来ない涙を流して声を上げて泣いた。 兄を想う気持ちが痛い この痛みを兄はあの白木 綾人へ寄せているのだと想うと更に胸の痛みが増した。 一層の事、張り裂けて死んでしまえばいいのにと思うのにそんな事、有り得なくてこの冷めない地獄から抜け出せない「失恋」という悲しき地獄に咲也は一生苦しめられるのだと心を闇へと投下した。 「やだぁ……、兄様ぁ…。誰のものにもならないで……。好きになってって言わないから…っ……、何でもするからぁ……お願いします…ぅ……ぅぁ、わあぁーーーー…」 駄々をこねる小さな子供のように大声を出して泣きじゃくる咲也は地べたへ這いつくばるように頭を下げて兄へと懇願した。 この想いは届かない この想いは受け止めてもらえない ずっと昔、恋と自覚した時点で分かっていた。 分かっていたが、この兄は誰かのものになることは永遠ないと頭の隅で何故か思っていた咲也はこの現実がとてもじゃないが受け止められずにいた。 ギャアギャア泣き喚く咲也へ席を立ち、手を差し伸べようと優一がした時、その手を払いのけるように渉に叩かれた。 「ゆう兄はそういう所が残酷なんだよ」 叶えられないのなら優しさは一切見せるなと渉が睨みつけると、優一の代わりに咲也を抱き抱えた。

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