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第60話

その日、咲也は渉への対応に定まらぬ思いのまま学校へと登校した。 本音を言うと休んで距離を置きたかったが、それをするとますます気まずくなり、自分が意識していると思われるのが嫌だった。 ただ登校したのだが、考えていた以上に渉を嫌という程意識してしまい、咲也はあからさまな態度にて渉を避けてしまう始末となった。 休み時間はチャイムと同時に教室を飛び出し、昼食時も直ぐさま姿を消した。 渉の顔を見ると昨夜の情事が否応無しに思い出されて顔から火が出そうになった。 そんな一日の授業も終え、自分へ話したそうにする渉を躱して咲也は早々に放課後の業務を行うべく、生徒会室へと走って向かった。 「あ!……こんにちは」 扉を開くとそこには綾人が一人で生徒会の仕事をしていた。 咲也は少し躊躇いはしたが、会釈をして室内へと入る。 重苦しい沈黙が流れ、咲也も綾人も互いに息苦しさを感じるなか、意を決して二人の溝である核心を突いた話題を切り込んだのは綾人だった。 「……ゆーいちとのこと、謝らないから」 咲也は目線だけを向けて天使と称される可愛らしい容姿を睨みつけた。 「……兄様を裏切ったら殺す」 憎憎しげに言われたその言葉に綾人は驚きに目を見開いたが、次の瞬間笑顔で頷いた。 「絶対、裏切らない!約束するよ!!ありがとう!!」 「お礼なんて言うな!認めたわけじゃないっ!!」 「うん。それでも、ゆーいちのことそんな風に僕に言ってくれて嬉しい」 えへへと笑う綾人にほんの少し毒気が抜かれた咲也は今一番の悩みをポロリと溢した。 「……お前は底抜けの能天気そうでいいな。こっちは要らないとばっちりでおかしくなりそうだ」 ボヤくような口ぶりで不満を呟いた咲也に綾人は首を傾げた。 「とばっちり?ゆーいちが何か咲也君にしたの?」 「兄様じゃない。渉が……」 そこまで言うと、口を閉ざした咲也に綾人はあの平和主義で温厚な男が何をしたのか不思議だと頭を悩ませた。 首を突っ込んでいい問題なのかも分からない。 聞きたいけれど、咲也の深刻な雰囲気と本気で悩む姿に簡単に声をかけられなかった。 どうしたものかと狼狽えていたら、生徒会室の扉が開いて次々と役員達がやってきた。 「あれ〜、綾ちゃん早いね!咲也も!」 優一の飄々としたいつもの明るい口ぶりで緊迫していた空気が一気に和らぐ。 一緒に来ていた猛にざくろ、そして神楽もわいわい楽しげに騒いで各々の席へと座った。 少し遅れて渉がやってきたのだが、渉の入室に明らかに全身を強張らる咲也を綾人は見逃さない。 冷静かつ、いつも通りに振る舞おうとする咲也に違和感を覚えた。 それは、綾人だけでなく渉も同じで二人は一定の距離を保ちながらギクシャクしていた。 「さ……」 「兄様!」 渉が咲也へ何かを話しかけたり用事を頼もうとする度に咲也は直ぐさま兄の優一の元へと走っていた。 ちゃんとした業務内容の質問にいつも通りに兄贔屓の態度なだけに周りからは至って自然な光景なのだが、渉は確実に避けられてるのを感じて肩を落とす。 その微妙な空気感にいち早く気がつくのは皆んなが来る前に咲也のボヤきを聞いていた綾人は渉のフォローへとその都度回っていた。

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