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第62話
咲也の部屋にて招かれた綾人は上機嫌でくつろぎ始める。
陽気で無邪気な綾人に今日一日の張り詰めていた緊張感が解けていくのを咲也は感じた。
消毒液の匂いがするこの部屋は兄と渉以外入れたことはない。
昔、自宅の自室へ潔癖症の治療の一環としてクラスメイトを招いたことがある。その時、揶揄われたり臭いと罵られたりして酷く傷付いた経験があるからだ。
正直、綾人を入れるのも色々は面で抵抗はあったが、馬鹿にしてくるようなら逆に負かしてやろうと心の中で思った。
「……なにか言うことないのかよ」
始終、笑顔で先ほど渡した炭酸水を飲む天使へ不遜に言い放つと綾人はフフッと微笑んだ。
「僕って、ひとりっ子でしょ!だから、咲也君みたいな弟でも出来たらすっごく嬉しいんだ!」
「……」
微妙に失礼な言葉が混ざってはいたが、どうやらアレだけの事をされて罵られたにも関わらず、楽観的な精神力の持ち主らしい。
「神経図太っ!」
「そりゃ、ゆーいちの側にいるなら図太くならなきゃ廃人になるよ」
大きな目を半分閉じてそういう綾人に咲也はそれもそうだと兄の偏屈ぶりに苦笑した。
「っで?渉君としたの?」
「へ!?」
のほほんとした雰囲気のなか、突拍子ない質問をぶっ込んできた綾人に咲也は目を見開いて素っ頓狂な声を上げた。
「違うの?それでギクシャクしてるんじゃ…」
「な、な、な……!!」
「なんで分かったかって?だって咲也君、最近凄い色っぽくなったし。渉君は渉君で咲也君のこと必要以上に気にかけてるから」
見ていないようで周りをきっちり観察しては分析していた綾人に咲也は目を見張った。
何でも直ぐに顔に出るタイプとばかり思っていたが、実のところはあの兄をも凌駕する仮面の持ち主なのかもしれないと考えを改める。
咲也は皆までは答えることはしなかったが、しどろもどりになりながらも綾人へ今の状況をそれとなく相談した。
咲也自身、こんなことを話せる人物がいないことから、話を聞いてもらえただけで心の中の整理が少しついたことに安堵する。
それから少し二人は互いの共通点であるはやみ心療内科である速水の話で盛り上がった。
そんな談笑も夕刻になりソファから立ち上がって部屋を出て行こうとする綾人を咲也は気まずそうに口籠もって引き止める。
その意図を汲んだ綾人はにっこりと笑った。
「誰にも言わないよ。もちろん、ゆーいちにも。っていうか、基本的にゆーいちには僕、何も言わない主義だから!」
なので安心していいよ。と、綾人は笑顔で手を振って部屋をあとにした。
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