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第63話

部屋に残った咲也は一息つくと、ベッドの上へごろりと寝転がった。 瞳を閉じると相変わらず大好きな兄が瞼の裏に映る。 「……兄様」 兄を呟くように呼んだ途端、今度は渉の顔が頭の中に浮かび、焦って瞳を開いた。 ドッドッドッと早鐘のように心臓が鳴り、自分でも驚いていたら、トントンっと部屋がノックされる。 「っ!!」 びくっと、体を跳ねさせたあと渉がきたのだと咲也は顔を赤くして慌てふためいた。 扉を開けるべきかどうするべきか悩んでいたら、またノックする音が響く。 「は、はい!」 あたふたしながら咲也はドキドキする胸を押さえて扉へと駆け寄り、そっと戸を押し開いた。 「悪いな。寝てたか?」 「に、兄様!!」 扉の前に立っていたのは思い浮かべていた渉ではなく、なんと兄の優一だった。 「……なに?残念そうな顔して」 クスリと笑って、頬を指先でなぞられ咲也は声を張った。 「ざ、ざ、残念なわけないでしょ!?兄様が来てくれたんだからっ!!入って下さい」 優一の手を掴んで赤い顔で咲也は部屋の中へと引き摺り込む。 「渉でも来てたのか?」 部屋へ入るなり、渉の名が出て咲也はブッと吹き出した。 「な、な、なんでです?」 「なんでって、これ。誰か来てたんだろ?」 テーブルの上の飲みかけの二本のペットボトルが置かれていて優一が聞いた。 「あ…あぁ〜、これは渉じゃなくてちょっと……」 気まずそうに口籠もり、その二本を片付けると咲也は冷蔵庫から新しい炭酸水の入ったペットボトルをソファへ腰掛ける兄の前に置いた。 「友達、出来たのか?」 「いや、友達でもなく……」 まさか、貴方の伴侶の白木綾人です。とは言えず咲也は困った。 そんな微妙な空気を流す咲也に優一は柔らかく微笑むと囁くように告げる。 「なにはともあれ、部屋へ俺と渉以外を入れられる人物が出来たなら良かったな。俺も嬉しいよ」 ペットボトルの蓋を開けて炭酸水を一口飲む優一を咲也は唇を噛み締めて見つめた。 そんな熱視線に気がついた優一は胸ポケットから咲也が自分の部屋へと忘れたものを取り出した。 「あ!」 それは優一が一分の隙も与えず、咲也の恋心を完膚なきまでに断ち切るよう振った日、泣きじゃくる弟が部屋へと忘れていった眼鏡だった。 「ありがとう……ございます…」 眼鏡を受け取り、咲也はあの日のことを思い出す。 目の前にいるこの人を諦めなければいけない。 そんな想いがまた胸をズキズキ痛ませる。 だが、痛みの次に襲ったのは…… 「咲也?顔赤いけど大丈夫か?」 「へ!?」 顔を覗き込んでくる兄に咲也は目を瞬かせた。 大好きな兄を前に頭の中で渉の顔が浮かぶのだ。 「だ、大丈夫です!!」 赤い顔で顔を背ける弟に優一はソファから立ち上がると頭を優しく撫でた。 「ま、ゆっくり休めよ。じゃ!」 「か、帰るんですか!?」 「綾が待ってるから」 嬉しそうに笑って部屋を出ようとする優一を咲也はそうですか。と、しゅんと肩を落として扉まで見送った。 綾人の悪口を言って駄々を捏ねてくるかと思ったが、殊勝な態度を見せる咲也に優一は苦笑した。 「じゃあ、また明日」 「はい。おやすみなさい」 兄の去っていく姿を見送っていたら、優一は思い出したように振り返り少し大きな声で言った。 「そうだ!渉と喧嘩したんだって?あいつ、反省してたし謝ってきたら意地張らずに許してやれよ」 「っ!!」 突如、渉の事を言われ、咲也はボンっと顔を赤くすると踵を返して去っていく兄の姿を最後まで見送ることが出来ず、俯いてしまった。

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