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第72話
side 猛と渉
「なに?付いてくんなよ!」
生徒会業務が終わった後から夕食を食べ終えるまで渉は兄の猛に後ろを付き纏われていた。
兄が何をしたいのか全く理解が出来ないことと、咲也へ半ばフラれるような物言いをされた事にイライラしている渉は足を止めて振り返り、キツい口調で言い放つ。
「あのさっ!さっきから本当に何?言いたい事あるなら言えば!?」
「別に。行く方向が一緒だから」
「何処行く気?」
「お前は?」
「…エントランス」
「俺も」
しれっと答える兄に渉はカチンとくる。
「やっぱり中庭!」
来た道を帰ろうとしたとき、猛も踵を返してうそぶいた。
「俺も中庭に用事があったんだ」
「中庭になんの用事があるんだよ!寒いし、木と花しかないじゃんかっ!!」
クワッと、噛み付くように怒鳴る弟に猛は腕を組んで苦笑した。
「そういうお前こそ、寒くて木と花しかない中庭になんの用事があるんだよ?」
「……一人になりたいだけ」
答えに詰まり言い訳をしようかと悩んだが兄を振り切るのが難しそうで素直に思いを伝えた。
しかし、にこりと優しく笑う兄はその上をいく思いを口にする。
「俺はお前を一人にしたくないんだよ」
大きな掌で頭をグリグリ撫でられ、渉はふと、昔を思い出した。
「ほっとけよ…」
ふいっと顔を背けてその手を躱すと、力強い腕に頭を抱えられ、肩に押し付けられる。
「ほら、泣けよ。黙っててやるから」
我慢するなといつもは優しさを見せない兄に涙腺が緩む。
そんな自分に悔しいと、兄の肩を掴んで渉は歯を食いしばった。
いつもショックを受けると一人になれる場所を探していた。
言い方を変えると泣き場所を探していた。
長男の勇はそれを察して一人にしてくれた。
そういう優しさを持つ。
逆に次男の猛はいつも自分の後を追いかけて泣かせてくれず、厳しい人だと思った。
だけど、その解釈は違ったようで…
一人で泣くのではなく、側にいて支えたいという優しさなのを歳を重ねる内に知った。
ベラベラと人の気持ちや思いを吹聴する人間ではない兄だからこそ、弱さを見せられる。
それに加え、側にいてくれるだけで心強さも感じた。
そんなことを思い、気が付けば兄の肩に額を当てて大泣きする自分がいた。
一人で泣くより数倍泣いた感じに胸の詰まりが取れていく。
それと同時に咲也に言われた言葉が脳裏に蘇った。
ー お互い忘れよう ー
今まで見て見ぬ振りを決め込んだ恋心が確実に自分のなかで覚醒することとなり、それに対して色々な恐怖が湧き上がる。
大切な幼馴染みというポジションを失う怖さ
門倉 優一という尊敬する男がライバルとなる怖さ
そして、フラれた実感も湧いてきて新たな涙が溢れる。
己の想いを今後どう処理したらいいのか分からなくて怖かった。
絶対好きになんてなりたくなかった
だけど…
「まいったなぁ……」
ずっと前からきっと俺は
「咲也が好きなんだ…」
気付きたくなかった封印が解かれ、兄に泣き言を漏らすと吐息で笑って頭をポンポン叩かれた。
「門倉は強敵だぞ」
兄の見解に全くその通りだと笑いが込み上がる。そしたら、涙は止まっていた。
いつも、泣いたあとはなんとなく弱い自分に自己嫌悪を持っていたが、そんな自分を認めてくれる人物がいると思うと心はスッキリして後ろめたさを失う。
「俺、優兄から咲也のこと絶対に奪い取ってみせるよ」
肩から顔を上げ、晴れ晴れとした顔で宣言する渉に猛は頑張れとその背中を押した。
side 猛と渉 終わり
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