75 / 222

第75話

「やっ、やめっ……!渉っ!!」 服の裾に手を入れて、肌の上を這う大きな掌を咲也は自分の両手で制止をかけながら叫んだ。 「ふざけんなよっ!いい加減に…」 「いい加減認めろよ」 低い声で言葉を遮られ、咲也は抵抗する行動が止まった。 「もう、ただの幼馴染みには戻れない。分かってんだろ?」 一拍おいて咲也の顔から眼鏡を外すと、渉は形の良い輪郭に掌を当て、美しくも魅惑的な紅茶色の瞳に自身の姿を映した。 「ずっと前から好きだった……」 ちゃんと言葉にした告白に咲也の瞳が揺れる。 同時に自分の心臓が咲也の返答の恐怖に大きく波打つ。 そんなヘタレな自分の心に喝を入れるように渉はほんの少し震える咲也の体を抱きしめた。 少しして咲也の腕が背中に回され、同時に笑われる。 「お前、何震えてんの?」 その言葉に冷静さを取り戻しつつある咲也とは打って変わり、自分が小刻みに震えていることを知った。 ざまぁない自分の弱さに失笑混じりで、渉は本音を吐露した。 「……怖いんだよ」 「何が?」 「……咲也が」 ゆっくり体を離して眉を垂らし、先程まで見せていた強気な態度が渉からは消え去っていた。 いつもよく知る幼馴染みの少し気弱な態度を垣間見て、咲也は少し胸を撫で下ろす。 「喧嘩売ってきたのは渉だろ?」 「そうだな…」 頬を撫で、耳にほんの少しかかる髪を搔き上げられて咲也は擽ったさに顔を顰めると、触れるようなキスを落とされる。 「謝るから付き合ってよ……。俺のことちょっとでいい。男として見て…。今は無理でも絶対いつか、ゆう兄を超えてみせるから」 縋るような瞳で懇願してくる渉に咲也は言葉を失った。 こう、下から攻められると強気に出られない。 それを分かってか分かってないのか、ここぞという時はいつもこんな殊勝な態度で自分と接してくる渉に狡さを覚えた。 とてもこの男が兄を超えられるとは思えなかった。 だけど…… 「渉にそんなこと求めてないよ」 きっと兄以上の人は現れない この初恋も失恋も捧げるのは兄だけだ 今後、恋ができるのかも分からない でも、渉を失うのも怖くて堪らなかった 「このヘタレ!」 ピシッと八の字になる眉の間へデコピンを食らわせると、咲也は己の中の気持ちがはっきりとクリアになり、ふわりと柔らかな笑みを見せる。 その笑顔が渉のモヤモヤしては募り積もった焦がれる想いに火を付けていった。 華奢な身体を失いたくないとキツく抱きしめると、今度は全てを奪い去るような深い口付けをした。

ともだちにシェアしよう!