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第104話
「咲也!!」
渉は大声と共にノックもせず、部屋の扉を押し開いた。
息を切らせ、駆け付けたのだが、目の前に広がる光景は悲惨なものだった。
部屋の中には咲也の兄の優一と綾人。そして、精神科医の速水がいた。
咲也は青白い顔で暴れた後なのか目が腫れて涙が頬を伝い、優一に抱きしめられながら点滴を受けている。
「ゆう兄……。どうして?」
まさかの優一の登場に渉が動揺しながら部屋に足を踏み入れると、不愉快そうに顔を顰め、溜息まじりに告げられた。
「お前相手だから油断した。まさか咲也で遊ぶとはな……。俺も弟の色恋に首を突っ込むつもりはないけど、咲也が普通とは違うってことは分かって接してやって欲しかったよ」
声のトーンが低く、怒りを露わにする優一は汗ばんだ咲也の前髪を払うようにそっと手で拭いながら渉を牽制した。
「今後、咲也には近付くな」
ビリリと走る緊張感に渉はその放たれた迫力に息を呑んで硬直する。
優一の稀に見せない本気の怒りを感じて臆してしまった。
「……咲也の状態を教えてほしい」
長い沈黙のあと、渉が懇願すると話す気のない優一の代わりに綾人が答えてあげた。
「潔癖症が悪化してるんだ。あと、精神的に不安定な状態もあってパニック障害を起こしてる。身体の方も無茶な洗い方が積み重なっていて血が出るぐらいボロボロになってた」
いつもキチンと制服を着る咲也の肌は露出されない。更に、先程の下級生が言っていたように今は手袋までされていた。
首から下がそんな酷い有様なことに気がつかなかったが、ほんの少し暴れたせいで捲り上がっていたズボンの裾から見えた咲也の右足首は肌が真っ赤で、ただれてはアカギレしている。
それが全身なのかと思うと渉はぞっと背筋を凍らせ、咲也へと無意識に手を差し伸ばした。
「触るな!」
弟へ触れようとするその行為を許さないと優一の一喝する声が部屋へ響いた。
我に返った渉も触れることに躊躇して、手を下ろす。
「咲也は退寮させる。朝の6時に車を寄越すからそのつもりでいろ。お前を含め、誰も見送りも手伝いも必要ない。あと、退学も視野に入れているからそのつもりで」
「退学!?嘘だろ!!?」
淡々とこれからの咲也のことを告げられて渉は優一の言葉を遮るように慌てて口を挟んだ。
「こんな感じでここへ置いておける訳がないだろう?一から説明をしないと本当に分からないのか?」
嫌味を含むように聞き返され、渉はぐっと押し黙った。
「明日までこの部屋へは誰も近付けるな。寮長としてそれぐらいできるだろ」
一瞥と共に鼻であしらう様に言うと、優一は咲也をベッドの上に横たえらせて掛け布団を首元までキチンと被せる。
薬が効いているのか、弟のよく眠る姿に安堵の息を漏らすと左腕の時計に目を落とした。
時刻は9時を回ったところだ。
「じゃあ、綾。後のこと悪いけど頼むな。明日迎えに来るから」
「うん。ゆーいちも気を付けて帰ってね。おやすみなさい」
優一と医師の速水を部屋の外まで見送ると、綾人は小さく手を振ってから扉を閉めた。
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