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第106話
渉の切実な想いに多少揺らぐ気持ちを見せる綾人は先程まで見せていたキツイ言葉も視線も引っ込めた。
だが、安易なことは口走らないようで黙り込んでしまった。
咲也の不安定さを目の当たりにしている綾人は軽はずみな行動は取れない。
夕食後、明らかに様子がおかしい姿を追って嫌がる咲也の部屋へと入ったのだが、部屋中を満喫させる強烈な消毒薬の臭いに吐き気を催した程だった。
直ぐに換気したのだが、部屋の中を荒らすなと喚いてはパニックになる咲也の異常さに綾人もどうすればいいのか分からなくて、優一へと電話をした。
電話越しから聞こえてくる弟の尋常じゃない悲鳴のような声に直ぐに寮へと向かうと言われた。その時、はやみ心療内科の主治医を呼び出すよう指示された。
速水とは綾人自身、知り合いでもあるので連絡を取るのは容易なことで助かったのだが、一番驚いたのはあの兄至上主義の咲也が到着した優一を拒否したことだった。
昔もこれぐらい酷い症状だったらしいが、いつも優一が精神安定剤のようで抱きしめて宥めると、事は収まっていた。
それが、優一を前にしても咲也の異常さは変わらず泣き叫んでは永遠と汚いと泣き叫んでは常軌を逸した暴れ方を見せた。
咲也自身も収まりが付かず、自分でもどうしていいのか分からなくてパニック症状は酷くなるばかりな事から到着早々、医師の速水が精神安定剤の注射を施した。
それプラス、効くか半々ではあったが催淫効果のある薬を飲ませて昔、兄が精神安定の一つだったことを思い起こさせた。
有難いことにそれは甲をなし、優一に懐くようにしがみついては過呼吸気味の息使いも深く酸素を吸い込めるようになって、症状は落ち着きを見せた。
その姿に何とか一大事は越せたと踏んだ速水が眠たくなったのか夢と現実を行き来する咲也に優しく、3つの質問をした。
一つ、何がそんなに汚いのか
二つ、何がそんなに悲しいのか
三つ、誰が一番好きか
この問いに咲也は自分が一番汚くて、そんな自分だから誰もいなくなって寂しくて悲しいと答えた。
そして、最後の質問に小さな声で……
「渉……」
と、一言だけ残して意識を手放した。
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