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第108話

眠る咲也の横に立ち、そっと被された布団の中から渉は華奢な手を握り締めた。 いつも滑らかで白い肌が今は赤く腫れてアカギレ状態なことに眉間に皺が寄る。 足を折って地に膝を付け、その手を両手で握り締めたあと、己の額へ持っていくと強い消毒液の匂いがした。 毎日何度も繰り返し手を洗っては消毒液の中へ手を沈めていたのだろう。 一番、咲也が荒れていた時のことを思い出しながら渉は胸を痛めてキツく手を握った。 その強い力に咲也の瞼がピクリと跳ねる。 「……わ、たる?」 目を覚ますが、まだ夢現つのなか、自分の目の前にいる男の名を呼んだ。 「咲也…。好きだ……」 紅茶色の瞳に自分の姿が映り、もっと咲也の目覚めと気持ちが落ち着きを取り戻してから伝えたかったが、渉の逸る気持ちが涙と共に溢れていった。 「好き……、咲也が、お前が好きだ…」 情けなくも涙が止まらず、縋り付く子供のように咲也の痛々しい手に額を擦り付けながら何度も告白を重ねる。 それを見て咲也は驚いたように目を丸くすると、呆れたように表情を和らげた。 「お前って意外と泣き虫だよな。このヘタレ……」 ハハッと声を上げて笑う咲也に渉は感極まって、抱き着いた。 パニックを起こすかもしれない。 拒否されて、綾人からのチャンスもなくなるかもしれない。 だけど それでも…… 「咲也、俺のものになって。絶対幸せにするから!今回のようなことにはならないようにするから!お前からもう目を背けないからっ……」 細い体が軋む程、強く抱きしめて懇願する渉に咲也はあまりの力強さに息を詰めて顔を顰めた。 だが、苦しさだけで嫌悪感もなければ汚さも感じない。 それどころか、満たされる想いに胸につかえていた何かが溢れかえった。 ゆっくりと腕を上げて、ほんの少し戸惑いつつも震える手で渉の背に手を添えると、その温かさを感じた渉がわんわん泣き始める。 「……お前、ちょっと泣きやめよ」 呆れ口調で咲也が咎めると、渉はそのまま咲也を押し倒すようにベッドの上へと倒れ込んだ。 その一連の流れを危うさを感じつつも黙って見ていた綾人は、今では平静さを取り戻していつもの咲也が垣間見れた事に笑みを浮かべた。 好きな人の力は偉大だ。 自分も色々な苦難があったが、その偉大さに救われて今があることを身に染みて学んでいる綾人はまだまだ未熟で幼い渉とまだまだ弱く儚い咲也へ頑張れと、口パクでエールを送って静かに部屋の外へ出た。

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