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第109話
グズグズ泣く渉にのしかかられ、咲也は小さく溜息を吐いた。
いつまで泣くのやら分からない幼馴染みの不甲斐なさに段々苛立ちすら生まれてくる。
「おい。退けよ!重たい」
「嫌だ」
涙声で拒否られ、咲也の拳が渉の頭を殴りつけた。
「いたっ!」
「うっさい!馬鹿っ!早く退け」
いつもの命令口調で気の強さを表す咲也は渉を押し返して上体をすり抜けさせた。
身体中、アカギレ状態な為に触れられると正直痛いのだ。
それを知ってか知らぬのか、手首を掴まれてもう一度咲也はベッドへと押し倒された。
「ぅわぁ!」
文句を言おうと驚いて閉じた瞳を開いた時、真顔の渉の顔が至近距離に迫っていて声が出なかった。
「咲也、キスさせて」
熱情と欲情を感じさせる黒い瞳に見つめられ、ドキドキと心臓が高鳴る。
近付いてくる顔がかっこよくて、自分の想いに従い目を閉じそうになるのを咲也は意地と根性でそれを制した。
「ふ……、ふざけんなっ!馬鹿っ!!」
渉の顔をパチンと叩いたのち、顔を背ける。
威力をあまり感じなくて、本当に嫌がっていない事を察した渉は咲也の反らせた顔を両手で包み込んで自分の方へと向かせた。
「何に怒ってんの?」
「……」
真面目な声で聞かれて言葉に詰まった。
言いたいことは色々ある。
あるのだが、言っていいのか分からなかった。
今回の一件で自分には渉が必要なことを思い知ってしまった。
以前は兄が必要だったように……。
兄はなんだかんだと兄弟だから切っても切れない関係ということに甘えていた。
心から安心していた。
だけど、渉は違う。
渉は兄弟のように近い存在だけど、他人だ。
切ろうと本気になれば切れる関係。
今、自分が渉を必要としているなら気分を害させるようなことは言わない方が得なのだ。
怒って離れて行かれたら困るのは自分。
上下関係が出来てしまった以上、下手に逆らえないと咲也は紅茶色の瞳をゆっくり伏せた。
「ごめん…。キスしていいよ」
逆らわない
それで渉が離れていかないなら
他所で他の子と遊んでいてもいいし、何をしてもとやかく言わない。
最後に俺のとこへ戻ってくるならそれでいい。
時間と共にこの気持ちを風化させて、己自身を強く鍛えよう
誰にも頼らず、誰にも依存しない自分になるように強くなるんだ
そうすれば、世界が変わる
誰の迷惑にもならずに生きていけるだろう
渉には婚約者がいる
美人で気さくな令嬢だ。自分も何度か会ったことはあるし、渉に惚れてるいい奴だと認識している。
高校を卒業すれば、公の場でその紹介はされるだろう。
大学を卒業すれば、自動的に入籍。
その時には笑顔で祝いたい。
幼馴染みとして
親友として
だから、この高校生活が勝負なんだ
そう心に刻むと、咲也はその想いを決意するように渉の唇へと自分からキスをした。
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