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第126話

「……渉なんて好きになるんじゃなかった」 苦しげに呟かれた言葉に綾人は視線を咲也へと戻した。 「ずっと……、ずっと、兄様だけ好きでいればよかった…」 咲也の声はやがて涙声になり、綾人はよしよしと頭を撫でてやる。 「僕もゆーいちと付き合ってる時、同じこと思ってたよ。ゆーいちなんて好きになるんじゃなかったって……。ざくろも九流先輩の事が好き過ぎて同じ事言ってた時期もある。それだけ咲也君が本気って事でしょ?それは、決して悪い事じゃないよ?」 「でも、苦しい…。こんなに苦しいの嫌なんだ。渉との関係はいつか切れる。兄様の時とは事情が違う」 兄は結局、肉親だ。 切っても切れない関係。 渉は所詮他人。 切れば無になる。 そして俺は誰かに依存しなきゃ、生きていけない…… 情けなくも悔しい本音を胸に秘め、咲也は瞳に溜めた涙を一粒流した。 そんな咲也の事情を知った上で綾人はあえて試すような少し突き放した言葉を咲也へ向けた。 「そんなに渉君との関係に終止符打ちたいの?本当にゆーいちへ恋心を戻したい?……本当に?」 自分の奥深くの感情を見透かすように話し、聞いてくる綾人に咲也は奥歯を噛みしめた。 違う… 本当は…、本当は…… 「……渉といたい」 咲也のとても小さな声の本音は部屋に響いたように感じた。 綾人はその本音に微笑むと、よし!っと拳を握って意気込む。 「渉君に不安に思ってる事、今から全部ブチまけてきなよ!」 「今から?」 もう深夜の2時を回っているのだ。流石にこんな重苦しい話を渉を起こしてする気に咲也はなれなかった。 「ふふ。大丈夫だよ!きっと、まだ起きてる。悶々しながらね!」 満面の笑顔でほらほら!と、はやし立ててくる綾人に咲也は戸惑いながら、渉が眠る寝室へとゆっくり歩を進めた。

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