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第129話

「咲也!」 ドンドンドンっと、激しく扉を叩いて渉は咲也の名前を怒鳴るように呼んだ。 暫くして、兄の優一のぶかぶかなパジャマを着て、眼鏡を外し、眠そうな目を擦る無防備な姿の咲也が部屋の鍵を開けて顔を見せた。 「寮に帰るから支度しろよ」 「え?」 いきなり訪ねてきて、怒気を含んだ声と共に腕を掴まれ、咲也は眠さの残る頭で首を傾げる。 「いいから!早く支度しろ!お前に聞きたいことがあるんだ」 いつものストイックな咲也ではない砕けた一面の姿が愛しい反面、今は嫉妬に駆られて憎らしく感じた渉は咲也を睨みつけながら身支度を急かした。 言われるがまま訳は分からなかったが、咲也は素直に従い、部屋の中へ戻ると眼鏡を掛けて綺麗に畳んだ服に着替えようとする。 「……あー、もういいっ!そのままタクシー乗れば」 咲也の服を鷲掴み、腕を掴んで引き摺るように渉はマンションを出た。 帰り際、綾人がどうしたものかと焦った様子で駆け付けたのだが、渉に制され有無を言う暇もなくタクシーの中へ詰め込まれた咲也は寮へと戻っていった。 「ちょ、ちょ、ちょっと!何!?何があったんだよ!?」 痛いぐらいの強い力で腕を引っ張られ、咲也は渉の部屋へと連れ込まれた。 「…ッ!」 やっと腕を離されたと思った時、次は渉の大きな掌で平手打ちをされた。 部屋にパンッと大きな音が轟き、殴られた咲也は何が起こったのか瞬時には理解出来なかった。 少ししてから左頬がジンジンと痛みだし、ようやく自分が叩かれたことに気がつく。 「な……、何する」 「浮気したのか?」 文句を言おうと啖呵を切った咲也だが、言い終わらない内に渉に言葉を被せるように問われた。 「……え」 神楽の事が頭によぎって言葉に詰まると、渉の顔が悔しいような悲しいような表情に歪んだ。 しまったと口を開いた時、今度は渉に胸倉を掴まれてベッドへと投げ飛ばされてしまった。 「っ!!わ、渉……」 大した受け身も取れずにベッドの上に倒れ、上体を起こそうとしたら、渉がすかさず咲也の腹の上へと馬乗りになった。 「二宮にどこまで許した?」 低く冷たい声が降ってきて、咲也は背筋を凍らせた。 幼馴染みが醸し出す怒気の空気に触れ、底知れぬ恐怖が沸き起こったからだ。 「渉……」 少し震える声で咲也が名前を呼ぶと、渉は奥歯を噛み締めたあとら優しく身体を抱き締めてきた。

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