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第146話

咲也を自由にできるのは自分だけと思うと心が逸った。 幸せと喜びが沸き起こり、その影に恐怖と不安が渦巻く。 自分の腕の中をいつすり抜けていってもおかしくない蝶のようなこの男がいつか側を離れるのではと予感が過ぎる。 そんな思いを払拭するように渉は咲也を強く抱きしめた。 「好きだ…。咲也、好き。本当に好き……」 すすり泣くような声で告白してくる渉に咲也は苦笑すると、黒く柔らかな髪にキスをした。 「何、泣いてんだよ。本当、ヘタレだな……」 ポンポンっと、頭を撫でて慰めるように抱きしめてやると、渉は求めるようにキスをした。 そのキスに応えてやると泣き出しそうな黒い瞳が覗き込んでくる。 「咲也、好きって言って?」 「……」 「早く!」 「えっ……、うん…」 照れから口籠もる咲也に渉がイライラして催促する。 しかし、恥ずかしくてなかなか『好き』と言えない咲也は顔には出さず、無表情だが内心パニック中だった。 「咲也!」 「う、うるさいなっ!」 大きな声を出され、咲也が勢いで声を荒げると渉もムキになっていった。 「俺のこと、好きなんだろ!?」 「そうじゃなきゃ、こんな事するわけないだろ!?」 「だったら、ちゃんと言ってくれてもいいじゃんか!」 分かってる。分かってはいるのだが、恥ずかしくて言えないのだ。 眉間に皺を寄せて俯くと、渉は溜息を吐いて咲也から体を離した。 「シラフの咲也はほんっとうに冷酷だよな…。恋人の前でぐらいもっと可愛くなれないわけ?」 「可愛くって……」 「好きってぐらい言ってくれてもいいだろ?ゆう兄にはバカみたいに言ってんだから!」 「さっき言っただろ!それに兄様は……」 「もういい!」 言い訳を口にしたら、渉に制され咲也は口を閉ざした。 やる気が失せたと咲也から自身を引き抜き、ベット下へ落ちた衣類を身につけると渉は咲也を見下ろして冷たく言い放つ。 「結局、俺と咲也との気持ちの差って埋まらないんだな。いつだってお前が上で俺は下。好きって想いも結局俺ばかり。なんだかんだ言っても俺の為にはそのプライド下げてもくれない。っていうか、下げるつもりもない。そうだろ?」 辛辣な言葉に言い返したい。 だけど、この雰囲気で渉の望む『好き』という言葉を放つことは不可能そうで咲也は唇を噛み締めた。 せっかく想いが通じたと思ったのに…… 素直になれたのはほんの少しで意地っ張りで可愛げのないこの性格が邪魔をする。 ほんの少し勇気を出せばいいのだが、あまりに自分にはハードルが高くてまごまごしていたら、渉は呆れたように溜息を吐いて部屋を出て行ってしまった。

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