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第6話

冬の澄んだ朝の空気が肌を刺し、朗らかな日差しが目に優しく降り注ぐ。 澄み切った青空の下、歳の頃は30前半、明るい茶色の長めの髪を無造作に後ろに1つ結びした、細身の身体つきの男、こと成海明彦は自宅のベランダで煙草をふかしながら携帯を耳にしていた。 「そっかそっか。いや~、まじで嬉しいよ。お前がうちに入ってくれて。あ、レッスンいつから?」 穏やかな表情でそう話す明彦は、その柔らかな口調からも彼の喜びが伝えられる。 そんな明彦の電話口からはまだ幼い声色が聞こえてくる。 「ん?今日から」 「今日っ?そっかぁ~。あ~っ、レッスン覗きに行きてぇっ。けどでも我慢するわ」 通話の相手加藤未来が自分の所属する事務所に入所した事は、未来からの電話より前に明彦は知っていた。 しかし本人からその報告を受けるのを明彦はいまかいまかと待ち望んでいた。 「え?何で?見に来ればいいじゃん」 未来の言うように部外者ではない自分が行くのは簡単だ。 寧ろなんら違和感も無いだろう。しかし 「駄目駄目。お前と次会う時は仕事でって俺決めてたから」 未来が入所すると決まった時に明彦はそう決めていた。 それは未来の為でもあると明彦は思っている。 「は?何それ。そんなん僕直ぐに仕事貰えないかもしれないし、ってか貰えたとしても一緒の仕事なんて中々出来ないじゃん。そんな事言ってたらずっと会えないよ?」 「ん~、でも俺決めたから」 それならそれまでお前とは会わない。 そう言い切る明彦に未来は、え?と驚きの声をあげるが、明彦の表情は変わらない。 未来と出会ったのは彼がこの世に産まれた日。 未来の両親と明彦は幼なじみと親友だった。 だから未来をこの手に抱いた時は、まるで自分の子を腕にしたような感動を感じたのを今も明彦は覚えている。 未来の両親に未来を芸能界に入れてはと進めたのは自分だった。 そして今回も…。 「未來、会えなくても俺はいつもお前の事応援してるから。だから早くまた俺と仕事出来る様になれよ。待ってるからさ」 未来がこの世界に復帰すれば、元天才子役という肩書きが否応なく彼にはのしかかってくる。 加えて自分の口利きで未来が入所したとなれば、それが幸と出る時も吉となる時だってある。 明彦は未来の新たな門出に、自分の存在が影響してはならないと考えていた。 「…あっ君…。解った。寂しいけど、でも頑張るよ。僕も早く会いたいし」 そんな明彦の思いが未来に伝わったかどうかは定かでは無いが、しかし自分の気持ちを汲んでくれた未来に明彦の口元が綻ぶ。 「おぅ、頑張れっ。楽しみにしてるからな。お前に会える日を。じゃぁな、未來。気合い入れて行ってこいっ」 「うんっ。行ってきます」 本当は今すぐにでも会いに行きたい。 これから未来に訪れる喜びも悲しみも、その全てを共に感じ支えてやりたいと明彦は思う。 でもそれは自分の役目ではない事もまた明彦は解っていた。 だから少し離れた位置から見守る事を決めた。 成長した未来をこの腕に抱きとめる時まで。

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