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第11話

Sクラスレッスンスタジオ。 未来は先日母に買って貰った新しいレッスンウェアーに身を包み、スタジオの隅で一人軽い柔軟体操を行っていた。 「なぁ、お前話しかけてやったら?」 「はぁ?なんで俺がっ?お前が話しかければいいだろ?」 「え~、嫌だよ。媚売ってるとか思われたくねぇし~」 「ははは。間違いない。俺もパス~」 こそこそとしているがひそひそとした話し声ではなく、わざと聞こえる音量で話す少年達に、未来は彼らに気づかれぬ程度に僅かに眉間に皺を寄せた。 しかしそれは少年達が望む傷ついた心からではなく、別に話しかけてくれなくて結構ですという心境からだった。 だが覚悟していたものの、中々にアウェーなこの状況に少しばかり先行きの悪さを感じる未来だが、まぁ、別に友達作りに来てる訳じゃないからそれならそれで問題はないと、気持ちはすぐに切り替えられた。 「はぁ~い、じゃぁ先週の復習するからA~Cグループは皆位置について~。Dグループは振りを覚えるように。あ、未來もDグループと一緒に後ろで見ててくれていいからな」 パンパンと手を叩きながらスタジオに入ってきた若い中肉中背の青年、こと江口徹は、早速そう少年達に指示を出すと、片隅に設置された音響機器のスイッチを入れた。 A~Cグループの少年達がそれぞれの位置に付く。 未来は指示通りDグループの少年達と混ざりその後ろに立った。 楽しみにしていた時間が始まる事に、自然と未来の口元が綻ぶ。 取り敢えず、お手並み拝見といきますかと、音楽が流れ動き出した彼らに未来は真剣な眼差しを向けた。 凄い。と、未来は素直にそう思った。 少年達のダンスは自分の予想以上に上手く、特にAグループの彼らはずば抜けていた。 流石Sクラス。 パフォーマンスに力をいれ、またそこを高く評価されているだけあるな、と未来は強く彼らに魅せられていた。 しかしそれと同時に湧き上がるのは闘争心。 彼らのダンスはとても綺麗だから難易度が高そうに見えるが、よく振り付けを見ると意外とどれも単純なものばかりだった。 流石に彼らの様にかっこよく踊れないだろうけど、でも動きを合わせるくらいなら自分にだって出来る筈だと、未来は再び食い入る様にその動きを見つめ出した。 「OK、3回リピートしま~す」 江口がリモコンで音響機器を操作しながらそう言うと、未来は隣の少年との距離を開けた。 音楽が流れ初めると、目の前で踊る少年達と同様に体を動かし初める未来に、その隣にいた少年が驚きの眼差しを向ける。 そして彼らと同じ様に踊り出す未来に、近くの少年達がざわめきだす。 初めて振りを見たばかりなのに、たどたどしくはあるが要所要所は抑えて動いている未来に、少年達の視線が集中する。 そんな未来を鏡ごしに見ていた森山大和は、飲み込みが早い彼に心の中でへぇ~、やるじゃんと関心を寄せた。 そしてその様子を見ていたのは大和だけでなく。 「いいね、未來。流石優秀。一番後ろのCグループの列に入って」 江口もまた未来の飲み込みの早さと感覚の鋭さ、そしてその実力を評価した。 「あ、はいっ」 やったぁ!と、内心でガッツポーズをしながら未来は指示された場所に移動した。 そんな未来に後ろの少年達だけでなく、踊る少年達も驚きとそして怪訝な表情を浮かべる。 だって有り得ない。 初日から列に入れた者など今まで居なかった。 確かに動きは合わせているが、踊れているとは全くいえないレベルなのに、レッスンにも贔屓はあるのかと不満を感じてしまうのだが。 最後の3回目のリピート。 その時には既にそこそこの形で踊る未来に、少年達もただただ圧倒され、大和もまた未来のセンスの良さ、そしてその貪欲さに感心せずにはいられなかった。 そしてそこまで皆から視線を注がれているにも拘わらず、当の本人の未来はそれには気にとめる事無く、必死に江口の動きを追うばかり。 その瞳も纏うオーラも、全てがここにいる少年達とは違ったものに大和には見えた。 「はい、じゃぁ一旦10分休憩。その後もう一度通してから次の振りいきまぁす」 未来を除き、完全に集中力の切れてしまった少年達を見兼ねた江口は、一区切りを早々にうった。 未来の才能を目の当たりにし、それでも不満を感じる者、不安を覚えた者、焦りが芽生えた者、そして純粋に感心を寄せた者。 ほんの一時の間でその場にいる全ての者から注目され、そして多様な感情を持たせた未来に、江口は漸く必死に彼にラブコールを送った悟を理解出来ると思った。 なるほど、確かにダイアモンドの原石だと。 ※※※ 壁際に置いた荷物の中からスポーツ飲料を取り出し、未来は少しばかり乾いた喉を潤した。 「凄いなっ。めちゃめちゃ早いね、振り付け覚えるの」 長身で手足の長い、黒髪短髪の人懐っこそうな少年、こと須藤蒼真は人好きしそうな笑顔を浮かべながら未来に話しかけた。 「うん、凄い。俺なんて一週間はかかったのに」 そんな蒼真と共に未来の元へやってきたのは、蒼真よりは低いがこれまた長身でスタイルの良い、薄茶色の長めな髪の綺麗な顔つきの少年、こと佐々木綾人だった。 「え、いや、全然まだ覚えれてないですよ。この後とか全く解んなかったですし…」 誰かに話しかけられるのは未来としては想定外で、しかもそれが褒め言葉だった事に少しばかり意表を突かれるも、2人の言葉は素直に嬉しく思う。 しかし自分はそんな褒めてもらえる程凄くも何ともなくて、解らないまま終わってしまった振り付けの部分を2人に表しながら否定の言葉を口にした。 「この後はこうやってこうやってこう、んでターン」 ゆっくりとしたテンポで鮮やかにくるりと回り、体現して見せたのは大和だった。 「あ、なるほど。先に右手からなんですね。えっと、こう、ですか?」 大和にスローで振り付けを見せてもらえた未来は、あやふやだった部分が明確になり大和同様に綺麗なターンに辿り着く事が出来た。 「そうそう、完璧」 「すげー、やっぱ優秀だなぁ~」 1度見ただけですぐにマスター出来る未来に、蒼真と綾人は再び賞賛の言葉を送った。 「そんなっ、全然凄くないです。ってか僕なんかより皆の方が全然凄いですし、ダンスめちゃめちゃ格好良かったです」 しかしやはり未来も再び口にするのは否定の言葉。 「おっ、まじ?格好良かった?」 そんな未来の恐縮とした態度から大和は彼の緊張を感じ、それを少しでも解してやりたいとの思いから、少しおどけた物言いで返した。 すると 「はいっ。すっごくっ!僕も早く皆みたいに格好良く踊れるようになりたいんで、これから色々教えてくださいね」 返ってきたのはキラキラとした愛らしい笑顔と謙虚な台詞。 こんな眩しい笑顔を向けられて、ときめかないものはいるのか。いや、いない。 3人は思った。なんて可愛い子なんだと。

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