34 / 100
第35話
ドラマ撮影の為数日休んでいた未来は、久しぶりの学校に到着し、自身のロッカーに荷物を押し込んでいた。
「おはよぉ~。はい、ノート。休んでた日の分まとめといてやったよ」
1冊のノートを未来に差し出しながら、後ろからぬっと現れた琉空に、未来は少し驚いた表情を浮かべた。
「え?まじ?ありがとうっ。めっちゃ助かるっ」
自分がこれからしなければと思っていた作業を、既に琉空がしてくれていたなんて、気の利く彼の好意に未来は心底ありがたいと思った。
「い~え~。でも勿論ただじゃないよ?ちゃんとお礼してね?」
「え、お礼?」
悪戯な笑顔を浮かべる琉空に、未来は彼の言葉を繰り返した。
「うん、払ってね?体で」
ニヤリと笑い、人差し指でつんと未来の肩を押してくる琉空に、未来の瞳は丸く大きく開かれた。
「っ!!えぇっ!?ちょ、ちょっと待ってっ。僕、琉空の事は大好きだけど、でもだけどっ、だからそういう趣味はないからっ!」
1歩2歩後ずさり、何やら焦った表情で自分と距離を取る未来に、琉空の頭に疑問符が敷き詰められた。
「??はぁ?お前、何言ってんの?」
場所を階段の踊り場へと移動した未来と琉空。
未来の言動の理由を聞いた琉空は、全力で未来の誤解を解いた。
「ちょっと勘弁してよっ。俺はノーマルだし、仮にゲイだとしてもお前には手出さねぇよっ。俺にだって選ぶ権利はあるっ」
声を大にしてきっぱりと言い切る琉空に、未来の眉間に少しの皺が寄る。
「っ、何それっ。失礼っ。僕結構モテると思うんだけどっ。そっち方面の人からもっ」
琉空に言い寄られたいとは微塵も思わないが、それでも自分を否定された事が面白くなく感じた未来が、そう不満の声を上げた。
「あ~そ~…。そりゃ良かったな。でも悪いけど全然羨ましくない」
そう言って、自分に遠い目を向けてくる琉空に、未来も確かにと納得してしまう。
自分で言っといてなんだが、男からモテたとて全然嬉しくないと未来も思った。
「ま、まぁでも良かった。琉空がゲイだったらまじで衝撃だったから…。あ、勿論偏見とかはないけど、でもなんか安心したよ」
ふぅっと、一呼吸した後に未来はそう言うと、琉空の肩にポンと手を置いた。
「いや、俺も別に偏見はないけど…。でも、まぁなんつ~か、斗亜君じゃないけどお前気を付けろよ?見た目だけは良いんだからさ」
自分の右隣に立ち、壁にもたれている未来を見下ろしながら琉空は眉根を下げた。
男に興味は一切ない自分でも、未来の事はやはり可愛いと思ってしまう。
勿論中身を知らなければの話だが。
「あぁ、大丈夫だよ。僕にその気は無いから騙される事もないし、それに相手が男ならこっちも気も使わなくて良いでしょ?女の子相手だと言えない言葉も言えると思うし」
しれっとした態度でそう言う未来に、琉空は曖昧な表情を浮かべた。
未来にその気が無くたって、騙そうと思えばいくらでも騙せるし、言葉で文句は言えたって、大人の男に力では敵わないだろうと琉空は思うが、何となく今それを言っても仕方がなく感じた。
「…まぁ、そう、かな…。でも一応気はつけろよ?」
「解ってるって。ありがと」
琉空の心配を他所にあしらう様に答えた未来は、当然琉空の思いなど届いておらず、気を付けなければならないのは男より断然女の子と、未来の中の不安要素は百花の事のみとなっていた。
百花の事を思うと無意識にため息が漏れる。
面倒臭い事になる予感満載だったが、それでもならないで欲しいなぁと、未来は切実にそう思った。
※※※
未来が不安な気持ちを抱えたまま着いた撮影現場。
用意の出来た未来は、スタジオの隅に簡易待機場として設置されている場所で、台本を手にパイプ椅子に座っていた。
そんな未来に弾むような声がかけられる。
「未來君っ、これ、昨日ママと作ってみたんだけど、クッキー、良かったら食べて?」
可愛らしくラッピングされたそれを未来に渡しながら、百花は綺麗な笑顔を浮かべた。
「え、あ、いいの?」
「勿論。だって未来君の為に作ったんだもん。愛を込めて作ったから美味しいと思うけど、後で感想聞かせてね?」
薄らと頬を染めて、恥じらう百花の様は正しく恋する乙女で、客観的に見れば可愛いと未来は思う。
「…うん、ありがとう」
しかしその気持ちがとても重い。
貰った物はクッキーなのに、手の上にあるそれは凄く重く未来には感じた。
どうしよ。
食べないわけにはいかないが、しかし食べたとしても…。
未来は深いため息を一つ大きく吐いた。
やはりどう考えても厄介なのは、男より女の子だと、そう思わざるを得なかった。
ともだちにシェアしよう!