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第35話

ドラマ撮影の為数日休んでいた未来は、久しぶりの学校に到着し、自身のロッカーに荷物を押し込んでいた。 「おはよぉ~。はい、ノート。休んでた日の分まとめといてやったよ」 1冊のノートを未来に差し出しながら、後ろからぬっと現れた琉空に、未来は少し驚いた表情を浮かべた。 「え?まじ?ありがとうっ。めっちゃ助かるっ」 自分がこれからしなければと思っていた作業を、既に琉空がしてくれていたなんて、気の利く彼の好意に未来は心底ありがたいと思った。 「い~え~。でも勿論ただじゃないよ?ちゃんとお礼してね?」 「え、お礼?」 悪戯な笑顔を浮かべる琉空に、未来は彼の言葉を繰り返した。 「うん、払ってね?体で」 ニヤリと笑い、人差し指でつんと未来の肩を押してくる琉空に、未来の瞳は丸く大きく開かれた。 「っ!!えぇっ!?ちょ、ちょっと待ってっ。僕、琉空の事は大好きだけど、でもだけどっ、だからそういう趣味はないからっ!」 1歩2歩後ずさり、何やら焦った表情で自分と距離を取る未来に、琉空の頭に疑問符が敷き詰められた。 「??はぁ?お前、何言ってんの?」 場所を階段の踊り場へと移動した未来と琉空。 未来の言動の理由を聞いた琉空は、全力で未来の誤解を解いた。 「ちょっと勘弁してよっ。俺はノーマルだし、仮にゲイだとしてもお前には手出さねぇよっ。俺にだって選ぶ権利はあるっ」 声を大にしてきっぱりと言い切る琉空に、未来の眉間に少しの皺が寄る。 「っ、何それっ。失礼っ。僕結構モテると思うんだけどっ。そっち方面の人からもっ」 琉空に言い寄られたいとは微塵も思わないが、それでも自分を否定された事が面白くなく感じた未来が、そう不満の声を上げた。 「あ~そ~…。そりゃ良かったな。でも悪いけど全然羨ましくない」 そう言って、自分に遠い目を向けてくる琉空に、未来も確かにと納得してしまう。 自分で言っといてなんだが、男からモテたとて全然嬉しくないと未来も思った。 「ま、まぁでも良かった。琉空がゲイだったらまじで衝撃だったから…。あ、勿論偏見とかはないけど、でもなんか安心したよ」 ふぅっと、一呼吸した後に未来はそう言うと、琉空の肩にポンと手を置いた。 「いや、俺も別に偏見はないけど…。でも、まぁなんつ~か、斗亜君じゃないけどお前気を付けろよ?見た目だけは良いんだからさ」 自分の右隣に立ち、壁にもたれている未来を見下ろしながら琉空は眉根を下げた。 男に興味は一切ない自分でも、未来の事はやはり可愛いと思ってしまう。 勿論中身を知らなければの話だが。 「あぁ、大丈夫だよ。僕にその気は無いから騙される事もないし、それに相手が男ならこっちも気も使わなくて良いでしょ?女の子相手だと言えない言葉も言えると思うし」 しれっとした態度でそう言う未来に、琉空は曖昧な表情を浮かべた。 未来にその気が無くたって、騙そうと思えばいくらでも騙せるし、言葉で文句は言えたって、大人の男に力では敵わないだろうと琉空は思うが、何となく今それを言っても仕方がなく感じた。 「…まぁ、そう、かな…。でも一応気はつけろよ?」 「解ってるって。ありがと」 琉空の心配を他所にあしらう様に答えた未来は、当然琉空の思いなど届いておらず、気を付けなければならないのは男より断然女の子と、未来の中の不安要素は百花の事のみとなっていた。 百花の事を思うと無意識にため息が漏れる。 面倒臭い事になる予感満載だったが、それでもならないで欲しいなぁと、未来は切実にそう思った。 ※※※ 未来が不安な気持ちを抱えたまま着いた撮影現場。 用意の出来た未来は、スタジオの隅に簡易待機場として設置されている場所で、台本を手にパイプ椅子に座っていた。 そんな未来に弾むような声がかけられる。 「未來君っ、これ、昨日ママと作ってみたんだけど、クッキー、良かったら食べて?」 可愛らしくラッピングされたそれを未来に渡しながら、百花は綺麗な笑顔を浮かべた。 「え、あ、いいの?」 「勿論。だって未来君の為に作ったんだもん。愛を込めて作ったから美味しいと思うけど、後で感想聞かせてね?」 薄らと頬を染めて、恥じらう百花の様は正しく恋する乙女で、客観的に見れば可愛いと未来は思う。 「…うん、ありがとう」 しかしその気持ちがとても重い。 貰った物はクッキーなのに、手の上にあるそれは凄く重く未来には感じた。 どうしよ。 食べないわけにはいかないが、しかし食べたとしても…。 未来は深いため息を一つ大きく吐いた。 やはりどう考えても厄介なのは、男より女の子だと、そう思わざるを得なかった。

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