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第38話

次の授業の移動している道すがら、琉空は思い出したと未来に話かけた。   「そういえばお前聞けた?先輩にキスの仕方」 少し心配そうに自分を見る琉空に、未来は薄く笑みを浮かべて応えた。   「あぁ、まぁ一応…」 「そっか。本番いつだっけ?」 「一週間後」 「…成る程、微妙…」 長いような短いような、なんとも言いずらい日数に、琉空は苦笑うしかない。   「はぁ~っ。そうなんだよね~。いっそ明日にでもやって早く終わりたいんだけどな…」 「はは、だよな…。まぁ何て言えばいいか、えっと、頑張れよ?」 ありがとうと、らしからず力ない声で言う未来に、琉空は心配に思うが、自分には何もしてやる事が出来ないので、何事もなく無事に終われる事を祈るしかなかった。 ※※※ 週末。 ロケ撮影の為未来は栃木県の某所に健二と共に来ていた。 準備の一通り整った未来は、設置された簡易待機所にて置かれていたパイプ椅子に座り、台本を膝に広げてみる。 が、頭の中は今から撮るシーンの事ではなく、当たり前に例のキスシーンの事でいっぱいだった。 先日の大和のアドバイスのお陰で、一応流れ的なものは掴めたといえば掴めたのだけど、しかしながら実際した事がない以上、結局はぶっつけ本番となってしまう。 本当にとても不安だと、未来が深い溜息を大きく吐いた所で声が掛けられた。   「未來君、あの、ちょっといい?」 「ん?何?」 ひょこりと現れた百花に、未来は彼女に向き合い聞く姿勢をとった。   「あのね、私、その、練習したいなって思って」 未来の隣のパイプ椅子に腰を降ろした百花は、歯切れの悪い物言いで瞳を揺らしながらそう言った。   「ん?練習?なんの?」 未来は百花の言う練習が何を示す物かわからず、小首を傾げてその台詞を繰り返した。   「なんのって、あの、キスシーンの…」 「え?」 ごにょごにょと恥ずかしそうに、消え入りそうな百花の声音だったのと、言われた言葉に単純に驚いた未来は思わず瞳を丸くして彼女を見つめた。   「そ、そのっ、私っ、初めてだからっ。だから本番が初めてだと上手く出来るか心配だし、不安でっ…」 顔を真っ赤にし、俯きそう訴えてくる百花に、未来は漸く彼女の言わんとする事が理解出来た。 そういえば先日百花も初めてだと言っていた事を思い出す。それならば彼女の不安なその気持ちはとてもよく解る。 そして百花のこの提案はナイスタイミング。 出来ることなら練習しておきたいと未来も思っていたからだ。 「うん、いいよ。練習しよっか」 未来は不安と緊張から若干震えている百花の肩に、そっと自分の掌を乗せてそう言った。   「え?本当?」 「うん。僕もしたかったし」 にこりと綺麗な笑みを浮かべ未来がそう言うと、俯いたままだった百花の顔がやっと上げられた。   「嬉しいっ!ありがとうっ」 「いやいや、そんな全然いいよ」 心底嬉しそうな笑顔で百花に礼を述べられるも、状況は未来とて同じなのだから礼など必要ないと思っていると。   「あ、じゃぁそれならちゃんとしとかない?」 「?え?ちゃんと…?」 唐突に言われた百花の台詞に、未来の頭の中に疑問符が浮かぶ。 「そう、私の事彼女にしてくれるよね?だってキスするんだしその方がしやすいじゃない?それに私達、美男美女で凄くお似合いだと思うし、いいよね?」 「…っ、えぇっ……!?」 さも当然、そうあるべきだと言わんばかりの百花の満面の笑みに、未来は思わず言葉を詰まらせ、そして驚愕の声を上げるしかなかった。

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