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第60話

小高い山の山頂付近でのロケ撮影。 駐車場から数分遊歩道を行くと、そこには下界を見渡せる展望台があった。   「うっわぁっ、すっげ~っ。めっちゃいい景色じゃんっ」 一番乗りにそこに辿り着いた寛也が、そう感嘆の声をあげた。   「本当だっ。凄いっ。父さんっ、姉ちゃんっ早く早くっ」 次の未来も素晴らしい景色に自然と笑みを浮かべながら、まだ遊歩道を歩く谷口と陽香を手招きした。   「あぁ、本当だなぁ~。いい景色だ」 「空気も美味しいしね」 揃って到着した二人は、大きく深呼吸して澄んだ空気を堪能した。   「うぅんっ。いいか~、子供達~っ。忘れるんじゃないぞ~、この景色を。最初で最後の三浦家家族旅行だからなぁ~」 谷口は寛也、陽香に未来の顔を順に見て、そして自分の台詞に感極まって目頭を熱くした。   「っ、やだっ。お父さんっ。そういう事言わないでっ」 「いや、ねぇちゃんこそっ。涙ぐむの止めてっ。こっちまで悲しくなるだろっ」 「だってっ」 谷口からもらい泣きが伝染し、寛也と陽香はうるんだ瞳を恥ずかしそうに手やら腕やらで隠すが   「解るぞっ。父さんは解るっ。泣いたって良いじゃねぇかっ。なぁっ、だって女の子なんだからっ」 「そうよっ。いいでしょっ」 その言葉と、豪快に涙を流す谷口に感化され、陽香は開き直ってそう文句を言った。 確かに陽香は女の子だ。おまけに綺麗な女の子だ。 そんな女子の涙は見ていて悪いものではないと寛也も思うが 「っでも父さんは違うだろっ」 おっさんの涙など誰が見たいかと、寛也は抗議の声を谷口に向けた。   「いや俺はほら、心が繊細だから。女の子の様に」 「はぁっ?どこがっ?年食ってただ涙脆いだけだろっ」 「お前っ、何だとぉ~っ!」 「だって事実じゃないっすか~っ」 やいやいと、二人で言いあう様を未来は少し距離を置いて眺めた。 なんて賑やかな人達なんだろうと、一人冷めた気持ちで思う。 勿論、彼らの気持ちが解らない訳じゃなかった。 未来とて撮影が終わるのは寂しいが、しかし別に二度と会えなくなる訳じゃないのだから、泣かなくてもいいじゃないかと思ってしまう。 それでも、彼らのように感情あらわに素直に表現する人は嫌いではない。 むしろ可愛い人達だなと、未来はそう思った。 ※※※   ホテルの斗亜の部屋。 撮影を終え、食事をとった後二人は部屋のソファーでTVを流しながら、まったりと寛いでいた。   「ねぇ、未來」 CMに差し掛かった所でふと斗亜が未来に話しかけた。   「ん?何?」 「あの、さ、撮影が終わっても僕と会ったりしてくれる?」 伺うように未来を見つめる斗亜の瞳は、どこか頼りなく儚く見えた。   「え?何急に。そんなの当たり前だけど、あ、もしかして斗亜君も寂しがり屋さんなタイプ?」 「いや、そんな事は、いや、そうかも。君にこうやって会えなくなると思うと凄く寂しいよ…」 斗亜はそう言って未来の腰に腕をまわし、そして甘えるようにその細い首筋に顔を埋めた。   「あははは。それ本心?だとしたら斗亜君も意外と可愛い所あるんだね」 声をあげて笑う未来に、斗亜はわざとらしく不貞腐れた表情を浮かべた。   「っ、何それ…。どういう意味?普段は可愛くないって言ってる?」 「いや、そんな事は言ってないけど。でも別に撮影終わっても会おうと思えばいつだって会えるよ。だって僕ら友達なんだからさ」 「…まぁ、それはそうだけど…」 そうだがしかし、今みたいにしょっちゅうは会えなくなってしまう。 それに映画の撮影が始まったらきっと未來は忙しくなるだろうし、なんと言っても自分達はまだ子供だ。 だから昼間は学校があるし、夜遅くには遊べない。 そう思うと、斗亜の口からは自然とため息が溢れてしまう。しかし、そんなどうしようもない事言っても仕方がないわけで 「いや、そうだよね。遊べる日とか連絡するから未來も教えてね?」 「うん。勿論っ」 にっこりと綺麗な笑顔を未来に向けられるだけで、斗亜は未だに鼓動が高なってしまう。   「楽しみに待ってるね」 きっと二人で会える日は中々来ないだろと斗亜は察する。 でも、たまにでも、会って話せれるその日を自分は待つしかないのだ。 なんと歯がゆくて切ない現実。 それかいっそのこと、転校でもしようかなと、そう斗亜は思いながら、未来を抱きしめる腕に少し力をいれた。

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