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第64話

レッスン日。 いつもより早くありさに送ってもらった未来。 エレベーターを降り更衣室に向かっていると、ふいにどこからか歌声が聞こえてきた。 その声はボイスレッスン室がある方とは真逆からで、未来は不思議に思い声を辿った。 声は踊り場からで、主はこないだの新人、山内流星だった。 心地よく響く流星の声。 未来はその声を暫く堪能した後で声をかけた。   「めっちゃ歌上手いですね。びっくりしました」 「えっ!?なっ…、いつから?」 突然の未来の出現に、流星は体を大きくびくつかせ驚いた。   「あぁ、すいません。驚かすつもりはなかったんですけど、歌声が聞こえたから気になっちゃって。でもなんでこんな所で?レッスン室もう空いてますよ?」 まだ入ったばかりでこの時間にレッスン室が開いてる事を知らなかったのかなと、未来はそう察したのだが、それは見当違いだった。   「あぁ…うん、知ってるけど…。でも俺あんまり人多いとこ苦手だから。人に聞かれるのもまだ抵抗あるし。だけどここなら誰もいなかったし…」 恥ずかしそうに視線を逸らし流星は言った。 そんな流星の気持ちがわからないわけではないが、しかし   「そうだったんですね。でも人に聞いてもらわなきゃ勿体ないですよ。そんなに上手いのに。僕なら皆に自慢しちゃいますけどね」 にこりと綺麗に、だけどどこか悪戯に笑って未来は言った。   「いや、そんな自慢できる程のものじゃないよ。俺なんかより上手い人ばっかだし、ここの人達は…」 首をぶんぶんと振って全力で否定する流星に、未来はやっぱり勿体ないなと思う。   「ん~…、そうですか?確かに皆上手いし大和君とかブロ並みですけど、でも流星君だって全然負けてないと思いますよ?」 「え?」 「う~ん、何て言うか、歌う技術?みたいのは皆の方があるかもしれないけど、でも流星君の声凄くいいと思います。うん、僕流星君の歌声好きです」 未来は先程の流星の声を思い出しながらそう言った。 彼の歌声は伸びやかで透明感があって、凄く素直な歌声だった。 だからきっと自分はその声に引き寄せられる様にここに来て、思わず聞き入ってしまったんだと未来は思った。 「え、あ、どうも…。なんか照れるな。そう言ってもらえるのは嬉しいけど、でも恥ずかしいっていうか…。いや、でもありがとう。お世辞でも嬉しいよ」 まさか未来に褒められるなんて思わず驚きを隠せない流星は、薄らと頬を染めて視線を忙しなくさ迷わせながらそう言った。 「え?お世辞なんかじゃないですよ。本心です。だって僕が流星君にお世辞とか言う必要ないじゃないですか」 「え、あ、あぁ、まぁそうだけど…」 あっけらかんと言う未来に、流星は最初は確かにと納得するが、しかしそれはどういう意味だろうと、少しばかり未来の言い回しに引っかかりを覚えた。 「あ、もうこんな時間だ。着替え行きますよね?」 「え、あ、うん。行こうか」 腕時計を見ながら言った未来に、流星もまた自身のそれを一度確認し未来の後に続いた。 少し前を歩く未来。 今日のレッスン何するんですかね~、なんてたわいもない話を自分にふってくる未来に応えながら、流星は先程の未来の台詞を思い返した。 あの台詞、下っぱのお前なんかにお世辞なんて言うわけがないと、何故かそんな風に流星には聞こえてしまった。 だがそれは自分の被害妄想だろうかと、無邪気に笑う未来の顔を見ると思ってしまう。 が、しかし、他人の真意など考えても仕方ない。 と言うよりどうでもいい事かもしれない。 だって、天才子役にどう思われていようが、新人の自分には関係ない。 そう流星は思った。 流星と共に未来が更衣室のドアを開けると、待ってましたとばかりの大和の声がした。   「未來~っ、あ、流星君も、おはようございます」 「おはようございま~す」 「おはようございます」 挨拶を交わしながら空いているロッカーを捜し、そして各々の鞄を未来と流星が詰め込んでいると   「なぁ~、未來っ。着信の待受にしたいからさ、ちょっと写メ撮らしてくんない?あ、流星君も」 うきうきとした声でそうお伺いを立ててくる大和に、未来はにこりと笑っていいですよ、と快諾したが、   「え、俺のも要るの?」 僅かに眉間に皺を寄せ、流星はそう言った。   「要りますよ。俺全員そうしようって思って」 「全員?スマホに入ってる人全員ですか?」 未来は大和の台詞に少し驚き瞳を丸くした。 だってきっと交友関係の多そうな大和なので、それは凄く途方もない作業に未来には思えたからだ。 「あぁ、まぁほぼほぼ。はい、じゃぁ撮るね~。いくよ~」 そう言って徐にスマホをかざす大和に、未来は彼が撮りやすそうな体制をすぐさま作るが   「えっ?ちょ、ちょっと待ってっ。そんな急に言われてもっ」 唐突に思える大和の行為に、流星はどんな顔をすればいいのか、笑えばいいのか、笑わない方がいいのかもわからずおろおろとしてしまう。 「あははは。流星君、リラックスリラックス~。普通にしててくれればいいですから。未來みたいに」 軽くテンパる流星に、大和は落ちつかせようとそう言うも、普通ってなんだ、だから結局笑っていいのか悪いのか、もっと具体的に言って欲しいと流星は思う。 それに未来みたいにと言われても、自分は未来と違って全くのド素人なのに、天才の真似がそんな簡単に出来ると思うな、勘弁してくれよっ、もうっ!と、流星は引き攣った顔を浮かべながらそう思った。

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