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第66話

スタジオの更衣室。 レッスンを終えた未来は汗ばんだ体をデオドラントシートで拭きながら、蒼真と綾人に連ドラの話をしていた。   「へ~、井村君も出るんだ?」 「未來と深谷君のツータックだけでも十分話題になると思うのに、それに加えてOasisの井村君もメインで出るなんて、凄い豪華キャスティングだね」 蒼真と綾人が二人して驚いた連ドラの共演者、井村君、こと井村光一は、未来の知り合い成海明彦が所属している国民的アイドルグループ、オリーバーの不動のナンバーワングループOasisのメンバーの一人だった。 「そうですよね。だから本当今から撮影が楽しみです」 未来は満面の笑みを浮かべそう答えた。 まだ会った事はない井村がどんな人なのかも純粋に気になるし、もし仲良くなれたら明彦の事を少し話せたりするかなと、そっち方面でも未来は楽しみに思った。   ※※※   オリバーエンターテイメントの自社ビルの最上階。 そこに会長である富岡オリバーの部屋はある。 全面ガラス張りのその部屋は、癖の強いインテリアが何点も置かれ、だが何故か洒落た雰囲気を醸し出していた。 部屋の中央にある誰から見ても高そうな大きなL字ソファー。 そこに程よい距離感、お互いの視線が交わしやすい位置で、明彦とオリバーは座っていた。   「明彦、本当にごめんね?でも僕はちゃんとお前と未來の共演の事は考えてるから」 ブランドのティーカップを手に、少し眉を下げてオリバーはそう言った。   「はは、いいよそんなの。それに俺にこの役は出来ないし、光一が適役だって俺も思うしさ」 明彦の手には未来の連ドラの原作本の漫画が持たれ、彼はそれをもう片方の掌にポンポンと叩き、穏やかににこりと笑った。   「はぁ~…、そう言ってくれると助かるよ。ってか未來がバラエティに出てくれたら、お前の番組でさくっと共演させられるんだけどね。でも悟社長はあの子に関しては凄く慎重でね。未だに雑誌の取材さえ引き受けないんだよ?有り得ないでしょっ?こんなに注目されてるのにっ」 むきーっと、不満をあらわに悟への愚痴をつらつらと述べるオリバーに、明彦は声をあげて笑った。   「ははは。まぁでもそれだけ大事にしてくれてるって事だろ?俺的にはそれは凄くありがたい話だって思うよ」 「っ、だけどっ、勿体なさすぎるっ!だって今が一番売り出せるチャンスなのにっ」 てっきり自分に同調してくれるとばかり思っていた明彦が、まさかの悟の肩を持ったので、オリバーは余計面白くないと声を荒らげたが   「それは違うよ」 「え?」 先程のトーンとは違う明彦の声に、オリバーは思わず言葉を詰まらせる。   「今が一番じゃないよ。あいつの一番いい時はまだまだずっと先。こんなもんじゃないよ」 柔らかい笑みを浮かべてはいるが、しかしその瞳は真剣に、そして真っ直ぐに自分を見つめてくる明彦に、オリバーは一瞬たじろいだ。   「いやでもっ」 「大丈夫だって。あいつはそんな簡単に廃ったりしないから。そんな焦らなくても大丈夫。じゃ、俺行くわ~」 反論しようとしたオリバーに、何も言わせないと言わんばかりに明彦は、被せる様に彼の言葉を防ぎ、そして徐に腰をあげた。   「あ、ちょっと明彦っ?!」 失礼しましたぁと、そそくさと部屋を去って行く明彦の背中にオリバーは呼びかけるが、明彦の足が止まることは無い。 そしてパタリと閉じられたドアを視界に、オリバーは深いため息をついた。 先程明彦に言われた台詞を思い返す。 そんな簡単に未来は廃らないと、明彦はそう言っていた。 だけど明彦も悟も未來を少し買いかぶりすぎだとオリバーは思う。 確かに未来は見た目も実力も華もある。 だがそれでも旬を逃せば後はやはり廃るだけ。 加えて子役はただでさえあしが早いと言うのに、何故彼らにそれが分からないのかと、オリバーは頭を抱え再び深いため息を吐いた。

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