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第71話
海斗がレッスン室を出て、しばし呆然としていたみんなの中で、一番最初に我に返ったのは大和だった。
大和は海斗の後を追いかけ廊下に出ると、彼の背中に呼びかけた。
「海斗っ!ちょっと待てよっ!」
「何だよっ!離せっ!」
追ってきた大和に腕を捕まれた海斗は、彼に睨みを効かせながらその手をぶんと振り払った。
常ならぬ海斗の剣幕に、大和は瞳を丸くし驚きそして言葉を飲んだ。
「っ、お前、どうしたんだよまじで。あんな子供に焼きもち妬いて、恥ずかしいと思わないの?」
努めて冷静に、海斗にも落ち着いて欲しいという願いを込めて大和は言った。
そんな大和に海斗のテンションも少しづつ下がっていく。
「っ思ってるよっ、そんな事っ。だけどっ、どうしても腹が立つっていうか、苛々するっていうかっ…。っごめん、大和…」
すっかり肩を落とし反省の姿勢を示した海斗に、大和は彼にバレない程度の小さいため息を一つついた。
「いや、俺じゃなくて未來に謝れよ。お前にいきなり怒鳴られて可哀想に」
そう言う大和に、海斗の眉間に再びきついシワが寄った。
「っ、それなら俺だって可哀想だよっ。未來のせいで皆から小さい奴、大人げない奴って思われた俺の方が可哀想じゃんかっ。もういいっ!」
ふいっと踵を返し、大和の元を立ち去って行く海斗に、大和は制止の意味を込め彼の名を呼ぶが、その足が止まることはなかった。
※※※
海斗を追って大和が出て行った後、拓海と光太郎が送ると申し出てくれたお陰で、未来は無事帰路へとつけていた。
拓海の運転で助手席には光太郎、後部座席に未来は座っていた。
「すみません、送ってもらって。折角皆でご飯だったのに僕のせいで。本当にすみません…」
覇気のない声で謝罪する未来に、光太郎はすかさず未来を庇う言葉を入れた。
「いや、いいって、気にすんな。飯なんていつだって行けるんだしさ」
「そうそう。ってかこっちこそごめんな?海斗が変なやっかみ妬いて。普段はあんな事言う奴じゃないんだけど…」
未来へのフォローだけでなく、海斗の事も気にかける拓海から、彼らの親密度、仲の良さが伺えた。
「僕が大和君に頼っちゃったからですよね…」
ぽつりと言った未来の台詞に、光太郎はなんとはぐらかそうかと言葉を探した。
「あ、いや、でもそれは当たり前だしっ。お前一人で帰らせる訳にはいかないし、お前だって一人で帰るなって言われてるんだから頼ったって全然いいんだよ」
バックミラー越しに未来の様子を伺いながら光太郎は話した。
「うん。未來は全然悪くないんだけど、何て言うか多分ちょっと海斗機嫌が悪かったっていうか…。だから未来が気にする事はないからね?」
丁度信号待ちで車を止めた拓海も、ミラーに映る気落ちした未来にそう言った。
「でもっ」
「大丈夫。大丈夫だから。心配しなくても大和が上手くフォローしてるよ。だから海斗の事はまじで気にすんな、な?」
今度は後ろを振り向き、光太郎は言い聞かせるように未来の揺れる瞳を見つめた。
未来はそんな光太郎に、はい、と、とりあえずの返事を返すが、内心ではこれからはもう大和には頼れないなと思っていたのだが、しかし
「未來、今日みたいな事があったらこれからも絶対誰かに言わなきゃ駄目だよ?」
「え…」
気持ちを見透かされた拓海の台詞に、未来は驚きドキリとさせられた。
「俺や光太郎でも、勿論大和にでもいいし、変に気を使って勝手に一人で帰ったりしちゃ絶対駄目。本当に危ないから。いい?解った?」
拓海の話す声音はとても柔らかい。
未来は自分を思いやってくれている二人にこれ以上反発する事は出来ず、今できる精一杯の笑みを浮かべありがとうございますと答えた。
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