70 / 100

第72話

拓海と光太郎に送りとどけてもらい、家に入るとありさはまだ帰っていなかった。 未来は疲れたため息をつきながらリビングのソファーに座り、背もたれに身を任せた。 そして徐にiPhoneを見ると、履歴から琉空の文字をタップした。 「流石にもう大和君には頼りづらくない?だってさ」 「うん、完全にお前に焼きもち妬いてるよな、海斗君」 あらかたを話し琉空の意見を伺おうと聞くと、やはり自分と同じように思う琉空に、未来は小さなため息をついた。   「ですよねぇ。でもさ、そんなの僕に妬かれたって困るんだけど。だって僕大和君の事そういう意味で好きなんて思った事ないし、大和君だって勿論僕の事はそんな風に思ってないと思うし」 未来は膝の上に置いたふわふわクッションの毛糸を、指に絡めながら琉空と話した。   「まぁでも、可愛がって貰ってるじゃん?お前は大和君から。海斗君はそれが気にくわないんだろ?」 「そう、だと思うけど…。じゃあどうすればいいの?大和君と仲良くしない方がいいって事?」 顔を見なくても未来が不貞腐れた顔をしているのが琉空には解り、琉空は苦笑いを浮かべながら難儀な事に巻き込まれている未来に少し同情した。   「いや、そんな事言わないけど、いやでも、海斗君の前ではあんまりそうしない方がいいのかもな。これ以上誤解されないためにもさ」 「はぁ~、そうだね。なんか、でもそういうのって嫌だな。勿論そうするのが一番だと思うし、僕もこれ以上嫌われたくないんだけど…」 何だか海斗を欺いている様で気が引けるし、大和に対してもよそよそしくなってしまいそうで気持ちの悪さを未来は感じた。   「うん、まぁ気持ちは解るけど、でも取り敢えずほとぼりが覚めるまではさ、そうした方がいいって」 そうアドバイスをくれる琉空に、未来は大人しくそうだね、と答え通話を終えたが、モヤモヤとした思いは拭えずにいた。 ※※※ 海斗の事がすっきりとしないまま訪れた映画の打ち合わせ。 撮影スタジオの一角にある会議室には、未来を含め十数人の関係者がその場に居た。 未来は宛てがわれた席に座り、打ち合わせが始まるのを待っていた。 そしてその場で考えるのは映画の事ではなく海斗の事。 琉空の言うように海斗の前で大和とは仲良くしない方が無難だとは思う。 それに合同レッスンは月に二回しかないので、海斗と会うのもその程度。 やはりほとぼりが覚めるのを待つのが一番無難だなと、未来がそう思っていると   「初めまして、未來君。監督の湊です」 ひょっこりと現れた湊に未来はびくりと肩を震わせ我に返ると、そこには線の細い中性的な雰囲気の30代後半の男、湊泰輔がにこりと笑い立っていた。 「あ、あのっ、すみませんっ。初めまして、加藤未來ですっ。えっと、映画も主演も始めてですけど、精一杯頑張りますので宜しくお願いしますっ」 慌てて席を立ち深々と頭を下げながら、未来は心中で冷や冷やとしながら湊からの返事を待った。 監督に挨拶に越させてしまうなんてなったる失態。 初めての打ち合わせでほか事を考えぼんやりしてしまった自分が、本当に情けないと未来は下唇を噛んだ。   「こちらこそ宜しく。でもそんな畏まらなくていいよ。楽しいが一番だからね」 未来の深すぎるお辞儀に恐縮した湊は、困ったような笑みを浮かべてそう言った。   「あ、はい。ありがとうございます」 湊の表情や口調から、彼が怒っていない事が解ると、未来はこっそりほっと胸を撫で下ろした。   「だけど実物は本当に可愛いね。想像以上だよ。これから一緒にいい作品を作っていこうね」 「はいっ。宜しくお願いしますっ」 柔らかい笑顔を向けて握手を求めてくる湊。 未来も笑顔で彼の手を握りながら、心中で安堵のため息をついた。 湊が優しく気さくな性格で良かったと未来は思う。 彼が厳しく気難しかったら完全に自分の態度ではアウトだったと、我が振りなおして思った。 そしてこれからはもっと気を付けなければならない。 仕事は仕事だ。 プライベートで何があったって自分はプロなんだから、気持ちは切り替えていかなければと、未来は自分にそう言い聞かせた。 ※※※ 未来が教室のドアを開けると、既に自分たちの特等席に琉空の姿があった。 鞄をロッカーに押し込み、次の授業の教科書と筆記用具を手に持ち、未来は琉空の元へ向かった。   「おはよぉ~」 「おはよ。昨日どうだった?映画の打ち合わせ」 未来が挨拶と共に琉空の隣の席に座ると、琉空は徐にイヤホンを耳から外し未来に向き合った。   「あぁ、うん。凄い優しそうでフランクな感じの監督さんだったよ」 第一印象から最後まで、湊はとても腰が低く朗らかな、未来の映画監督像とはかけ離れた振る舞いだった。   「へぇ~、そうなんだ。すぐ撮影に入るの?」 「ううん。夏休み入ってから」 泊まり込みのロケ撮影をする為、まとまって未来が休める夏休みを待ってのクランクインとなった。   「そっか。頑張れよ、初主演映画」 「うん。ありがとう。頑張るよ」 にかりと笑い、ぽんと肩を叩きエールをおくってくれた琉空に、未来も笑顔で返した。 そう。頑張らなければならない。 だって初めての主演で成功出来なければ、きっとこの次に待っているチャンスは無くなってしまうと未来は思う。 海斗の事はやはり気になる未来だったが、今は映画の事を一番に考えなければと強く思った。

ともだちにシェアしよう!