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第73話
レッスン日。
未来が更衣室のドアを挨拶と共に開けると、待ってましたと言わんばかりで大和がこちらに掛けてきた。
「未來っ、本っ当ごめんっ。あいつの、海斗の言う事なんかまじで気にしなくていいからっ。まじでごめんっ。ちゃんと海斗にも謝らせるからこの通りっ、許してやってっ」
手を合わせ、そしてがばりと勢いよく頭を下げる大和に、未来はぎょっと驚きおろおろとしてしまう。
「いや、そんな大丈夫ですっ。気にしてないっていうか僕も悪かったっていうか…。いや、僕が悪かったんですっ。寧ろ僕の方こそすみませんでしたっ。海斗君、怒ってますよね?」
不安に揺れる瞳で見てくる未来に、大和はその瞳を直視出来ず咄嗟に目を逸らした。
「あぁ~、いや、怒ってるっていうかなんつーか。でもお前はなんも悪くないよ。だからあいつに気を使って俺に遠慮とかしないでほしい。困った事があったら今まで通り言ってきて?海斗に文句は言わせないから。な?」
光太郎や拓海と同じような台詞を大和にも言われ、未来はそれに頼りなく笑って答えた。
「…はい、ありがとうございます」
お礼の言葉を口にしながら、やはりやっぱり大和に今までの様に頼るのは出来ないだろうと未来は思う。
しかしそんな自分に大和達は直ぐに気づくに決まっている。
そうなると今度は大和達にも気まずくなってしまう。
なんだか板挟みなこの状況に、未来は息苦しさを感じ始め、どうしたもんかと自然とため息がこぼれた。
※※※
次の日の学校。
昼休みを階段の踊り場でとっている未来と琉空。
未来はありさお手製のだし巻き玉子をぱくりと口にいれながら、ぽつりと言葉を発した。
「…僕、海斗君に謝ろうと思う」
「はっ?何?いきなり」
唐突に言われた未来の台詞に、琉空は薄らと眉を顰めてそう聞いた。
「だって、なんかこのままって気まずいし、気にしないでおこうと思っても気になるし、こんなんじゃ映画に集中できないよ。謝ったからって解決出来るかは解んないけど。それに確かに僕も大和君には頼りすぎてたからさ」
未来は昨日一晩考えて謝る事を決めた。
これ以上板挟みのような感覚に悩ませられるのは、未来としては勘弁して欲しかったからだ。
「いや、だからってお前が謝るのは違うんじゃない?だって別にお前が悪い訳じゃないんだしさ。つか寧ろ謝るなんてしたら余計海斗君的にはうざいと思うんだけど…」
きっと海斗も自分が悪いのは分かっていると琉空は思う。
だが、分かっていてもしてしまう。
それが焼きもちというもので、そこを未来から謝られたりなんかしたら、やぶ蛇もいいとこではないだろうかと琉空は思った。
「でもっ、このまま嫌われたままなんもしないのもなんか…。嫌な気分にさせたのは僕だし…」
揺れる瞳で肩を落とし言う未来に、琉空はその様子をまじまじと見た。
「それはそうだけど…。つかどうしたの?」
「は?どうしたのって?」
「いや、だってさ、やけに謙虚じゃん?いつもならうざいとか、迷惑とか言ってそうなのにさ」
そう。
いつもの未来とはまるで真逆な発想の今回に、琉空は未来が何を考えているのか全く分からなかった。
「っ、だってっ、僕海斗君の事好きだし、海斗君も皆から好かれてるから、そういう人に嫌われたら嫌でしょ?」
最もらしい未来の理由に、琉空も確かにと納得させられるが
「まぁ、それはそうだけど、でも謝るなら謝るでいいけど、今は止めとけよ」
琉空は手に持つペットボトルのコーラを喉に流し込みながらそう言うも、未来は琉空が何故止めるのか分からず疑問符を浮かべた。
「何で?」
「何でって、今は微妙すぎるだろ。火に油注ぐ事になるかもしれないし、もう少し時間を置いてからにした方が俺はいいと思うけど?」
多分まだ海斗は自分の気持ちの整理が出来ていないと琉空は思う。
早く解決したい未来の気持ちは分かるが、謝る気持ちがあるのならば、相手の気持ちに寄り添わなければ意味がないと琉空は思う。
「時間を置く…?」
「そう。何事もタイミングってあるだろ?」
「タイミング…?」
「そうそう。焦ったってしょうがねぇだろ?」
それは確かにそうだと未来も思う。
がしかし、タイミングとはいつ頃なのか。時間を置くとはどれくらいなのか。
つまるところ、その間自分は嫌われたままでいなければならないという事なのだろうかと、未来の頭の中でぐるぐると思考が回っていると
「ってかさ、話変わるけど明日からやっと夏休みだな。あ~っ、楽しみ~ってもお前は撮影とレッスンで忙しいかぁ~」
にやにやと、それはそれは嬉し楽しそうに琉空が話しだすが、未来はそれに話し半分で答えた。
「あぁ、うん…」
夏休みなどどうでもいい。
それより海斗に暫く嫌われたままという事実が嫌で仕方ないと未来は思う。
「でも暇な日あったら教えてね?遊ぼうぜ」
浮かない顔の未来を他所に、やはりにこにこと浮かれた顔で琉空は問うが
「あぁ、うん…」
心ここにあらず。
ぼんやりとした表情の未来に琉空は小さなため息を一つ吐いた。
「お前聞いてる?俺の話…」
「…あぁ、うん」
機械のように同じ相槌を繰り返す未来に、琉空はこれみよがしに大きくなため息をわざと吐くが、未来がそれに気づく事はない。
こうも周りを遮断できるなんて、一種の才能だと琉空は思い口端を引き攣らせた。
が、こんな事で一々未来に腹を立てていたらキリが無い。
しかしながら、未来のこの気落ち具合から、海斗に嫌われている事が余程ショックなんだなと琉空は察する。
それに未来がこんなにも他人の事を気にするなんて事は今まで無かった様に琉空は思う。
なのに何をそんなに気にするのだろうか?
未来にそこまで気を使わせる海斗は、何かあるのだろうかと、少しばかり琉空は海斗に興味を抱いた。
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