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第76話
夏の象徴である入道雲が、もくもくと空に浮かぶ快晴日。
未来が玄関で靴紐結びに苦戦していると
「忘れ物ない?携帯持った?」
心配そうな面持ちで、未来のまだ小さな背中を見つながらありさがそう投げかけた。
「うん、持った」
やっと出来た蝶蝶結びにふぅーっと一息入れて、未来はすくっと立ち上がった。
そんな未来に相変わらず心配顔を浮かべながら、ありさは彼の衣服を軽く整えた。
「じゃぁ気を付けてね?大和君達の言う事ちゃんと聞くのよ?あっ、ペンション着いたら連絡するのよ?」
「も~っ、解ったってっ。行ってきまぁすっ」
一昨日辺りから散々言われ続けてきたこの類の台詞に、未来はうんざりと顔を歪めながら、ありさに出発の挨拶をした。
※※※
レッスンスタジオがあるビルの前。
一台の大型バスがエンジンをかけて止まっている。
ガヤガヤと賑わう車内の先頭座席で、students達の出席名簿リストをチェックし終えた江口は、前に座る運転手に声をかけた。
「よしっ。全員揃ったな。じゃぁ運転手さん、宜しくお願いします」
江口の言葉に分かりましたと答えた壮年の運転手は、ゆっくりとアクセルを踏んだ。
「あ~、なんか遠足みたいでわくわくしますねっ。僕軽井沢って初めて行きます」
進み出したバスの中、外の景色を見ながら未来が弾む声を出すが
「へ~、そうか、わくわくするか…」
隣に座る大和の表情は優れず、未来はぎょっと瞳を丸くした。
「俺はげんなりするよ…」
「俺も。はぁ~っ、やだなぁ~。まじで行きたくないっ」
ぬっと後ろの席から顔を出した蒼真に、大和がそう続いた。
「本当っすよね。まじで合同になんてして欲しくないっ。何でガールズと一緒にするんだよっ」
「激しく同意~っ!」
嘆き悲しむ二人を目の当たりにして、驚きと共に未来は若干顔を引き攣らせた。
二人がそんなに嫌がるなんて、ガールズの人達はどれだけ怖いのだろか。
どんな人達なのか、なんだか逆に気になってしまう未来だった。
※※※
軽井沢にあるオリバーエンターテイメントの合宿所。
小さなホテルの様な建物は、1階には食堂と大きなホール、そしてレッスンスタジオが4部屋あり、2階~4階は居室となっていた。
到着したstudents達で賑わうホール。
未来がそこで鞄を降ろし辺りを見渡していると、一人の女の子が声をかけた。
「み~らいっ」
呼ばれた方へ振り返ると、そこには居るはずのない知り合いがいて、未来は驚きの声と共に思わず体を仰け反った。
「!?え?クロエっ?!えっ?何で?どうしてここにいるのっ?」
「ナイスリアクション。びっくりした?」
クスクスと、悪戯な笑顔を浮かべ立つクロエ、早川クロエは、未来と同じくらいの身長に華奢な体つき、黒い艶やかなロングヘアーの、少しきついが綺麗な顔立ちの女の子だ。
アメリカにいた時の友達だったクロエ。
その彼女がまさかここにいるなんてと、未来の頭は軽く混乱する。
「そりゃするよっ。だって、えっ?何で?いつ日本に?ってかうちに入ったって事?」
未だ瞳を丸くして見てくる未来に、クロエは悪戯が成功した子供の様な、満足な笑顔を浮かべてゆっくりと話した。
「そう。元々お姉ちゃんが入っててね、私も来日したら入る予定でいたから。ってか来日したのは今月なんだけど、だけど私もびっくりしたわ。まさかあんたもオリバーに入ってるとは思わないし、しかもあんたって日本では結構有名人なのね」
「え、あ、あぁまぁ…」
アメリカに居た時は日本で芸能人をしていた事を話していなかったので、クロエがそうと知って驚いただろう事を未来は察し、少しだけ気恥ずかしく思った。
「天才子役、なんだって?あんたにそんな才能があったなんてまじで超意外だしうけるんだけどっ。まぁでも、これから宜しくね、先輩」
ウィンクでも飛んできそうな勢いで言うクロエに、未来も自然と笑顔になった。
「うん、こちらこそ。ってかどこに住んでるの?今度ゆっくり会おうよ。ってかうち来てよ。母さんも会いたいと思うし」
クロエが居るという現実に、やっと思考が追いついくると、徐々に湧き上がるのは久しぶりに会えた旧友ともっと話したいという欲求。
「あぁ、そうね。ありささん元気?」
「うん、元気だよ。クロエのお母さんは?」
「うちも元気よ。元気すぎるくらい」
クロエの言葉に、軽快に豪快に笑う声が印象的なクロエの母の姿が未来の脳裏に思い浮かばれ、未来は思わず声を出して笑った。
「はははっ、そっか。あ、学校は?どこに通うの?」
「それがね、これも本当うけるし偶然なんだけど…」
したり顔で言うクロエに、未来は再び瞳を丸くする。
「え、まさかっ…」
「そ、そのまさか。アメリカンスクールなんて何校もあるのにね。腐れ縁、ってまさにこの事よね?」
そう言ってため息混じりに苦笑するクリスタルに、未来も引き攣った笑みで返した。
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