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第79話

レッスン合間の休憩時間。 部屋の片隅でペットボトルに口を付け、喉を潤していた未来の隣にすっとクロエは立った。   「何、あんた。猫被りは止めたの?」 レッスン中や昼休憩、今まで未来を見てきたが、彼が割と素で皆に接している事をクロエは意外に思っていた。   「あ~、このメンバーにはね。誰かさんのせいでばれちゃったし。したって意味ないでしょ」 「あっそ。それはすみませんでしたぁ」 ジト目を向けてくる未来に、クロエはわざとおどけた表情をし、口だけの謝罪をした。 そんなクロエに未来は僅かに口端を引き攣らせた。   「よく言うよ。欠片も思ってない癖に」 「ばれた?」 「当たり前」 にやりと悪戯な笑みを浮かべるクロエを未来はさらりと交わしたので、クロエはむすっとその小さな唇尖らせた。   「つまんな~い。でも止めなさいよね。誰の前でもそんな事するの。そんなんで良く思われたってそれこそ何の意味もないと思うけど?」 クロエは壁に背もたれ、艶やかな黒髪を指であそばせながらちらりと未来を見た。 すると未来は眉を下げて困ったような笑みを浮かべた。   「そうかな。あるよ、意味は。ってか半分は義務みたいなもんだし」 「は?義務?」 クロエは言われた意味が解らず未来の言葉をそのままオウム返した。   「そ。だから止めないよ。それに僕結構気に入ってるから。いい子な自分を。だからクロエ、余計な事はこれ以上言わないでね?」   にっこりと、それはそれは綺麗な笑顔で未来はクロエを見つめた。 誰もが魅了される未来の天使の笑み。 だがクロエには通じなかった。 「え~、それはどうかしらねぇ~。うっかり言っちゃうかも~。私たまにお喋りだから~」 にんまりと人の悪い笑顔で言うクロエに、未来もまた同様に笑った。   「貸しは返すよ?勿論倍返しで」 「三倍返し、なら手を打つけど?」 「了解。必ず返すから」 だから宜しくね、と、そう言って未来は皆の元へ戻って行った。 クロエはそんな未来の後ろ姿を見やりながら、ちびりとペットボトルのお茶を一口飲んだ。 本当に、相変わらず意味の解らない事をしたがる子だなとクロエは思う。 何故未来がキャラ作りにそこまで意地になるのか、クロエには理解不能だった。 未来は気に入ってるからと言っていたが、演技なんかしてたら自分が一番疲れるのに、本当に難儀な性格と、クロエはそう思った。 ※※※ レッスン後。 なか日の今日は打ち上げを兼ねた懇親会がある。 未来は大和と蒼真の二人と共に1階の食堂に向かった。 食堂のドアを開けるや否や、甲高い女子の声に出迎えられる。   「やっだぁ~っ。まじで本当に超可愛いっ!」 「ねぇ~っ。お肌つるつるっ、可愛いっ!」 キャピキャピと未来を称える二人、金色の髪色が良く似合うハーフ顔の少女、工藤玲奈と、栗色のふわふわの巻き髪の色気のある顔立ちの少女、阿川波音の高いテンションに未来が少し気をされていると   「ちょっと先輩方っ。未來怖がってるんで止めてもらっていいっすか?」 未来と二人の間に割って入って大和は言うが、大和の台詞に玲奈が盛大に眉を顰めた。   「はぁ?怖い?」 「酷いっ。それどういう意味っ?」 その場に居たもう一人の少女、長いストレートの黒髪がトレードマークの清楚な雰囲気の湯川アリスは、潤んだ瞳で大和に訴えた。 「あ、いえ、その、そんな皆で一気に囲んだら、未來がびっくりするんじゃないかなぁって思っただけで」 三人から責められて、最初の勢いはどこえやら、大和はたじたじと苦笑いを浮かべた。   「だったらそう言いなさいよっ。女の子に向かって怖いなんて、あんた本当失礼ねっ」 「そうよっ。それにこんな美女に囲まれて怖いわけないじゃない、ね~、未來?」 玲奈と波音に再び詰め寄られ、大和は完全に白旗をあげ、同意を求めらた未来もこくこくとただただ必死に首を縦に振った。 そんな未来の反応なんかお構い無しに、アリスは瞳を輝かせ未来の腕をくいとひいた。 「ねぇ、あっちにケーキあるから向こうで一緒に食べよっか?」 「え?」 突然のアリスの提案に、未来はぽかんと口を開け思わず聞き直した。 「ケーキ嫌い?」 未来の目線に合わせ少し屈んでそうたずねてくるアリスに、未来は首を振って答えた。   「いや、好きですけど…」 「じゃぁ行こうっ。お姉さんが食べさせてあげるねっ」 「あ~っ、何それっ。ずるいっ。私も~っ」 うきうきとした表情を浮かべるアリスに、玲奈が唇を少し尖らせ抗議した。 そして勿論波音もそれに参戦した。   「私もやりた~いっ。未來、誰に食べさせて欲しい?」 「えっ?いや、それは…」 波音の問いになんと答えたら良いのか、未来がもごもごと言葉に出来ずにいると   「そんなの私に決まってるわよね?行こうっ」 「わぁ!?」 ぐいっと、割と強い力で玲奈に腕を引っ張られ、未来は驚きの声をあげた。   「あっ、ちょっと玲奈っ、ずるいっ!待ってよっ」 「そうだよっ。私が最初に提案したのにっ!ってか抜け駆け厳禁!」 「わっ、ちょっ…!?」 もう片方の腕を波音に、そして後ろから肩をがばりとアリスに抱きしめられて、未来はあわあわと三人のなすがまま。 なんとか目線だけで、大和達に助けを求めた。 そしてその未来からの訴えを受けた蒼真は、大和の腕をがしりと掴み、その腕をぐいぐいと引っ張り訴えた。   「っどうしよっ、大和君っ。未來が拉致られるっ!早く助けてやってよっ」 慌てふためく蒼真に言われるが、大和の足が動く事はない。 「っ、そりゃ俺だってそうしてやりたいけどっ。でもっ…」 食堂の片隅。 ケーキコーナーのある場所に連れていかれる未来を、大和は為す術なくただ見つめた。 そして、ごめん、未來。俺の力なんかじゃ助けてやれない。まじでごめんっと、そう心中で深く詫びる事しか出来なかった。

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