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第81話

太陽がさんさんと輝く昼下がり。 斗亜は未来から送られてきていた位置情報を頼りに未来宅へと辿り着き、そして玄関のドアを開けた。   「初めまして。深谷斗亜です。あ、これケーキなんですけど、良かったら食べて下さい」 斗亜は出迎えてくれたありさに深々とお辞儀をすると、行きしに買ったケーキの入った袋をありさへと手渡した。   「まぁっ。気を使わせちゃってごめんなさいね?未來の母です。いつも未来がお世話になってます。どうぞ上がって上がって?」 ふわりと柔らかく笑いスリッパを用意してくれたありさに、斗亜は再び頭を下げてお邪魔しますと挨拶した。   玄関横にある階段をパタパタと降りてきた未来は、斗亜にいらっしゃいと伝えると、上がるよう手招きした。   「凄い綺麗なお母さんだね。未來にそっくりだし」 リビングへとありさが入って行ったあと、斗亜は徐にそう未来に話した。   「そう?まぁ一応元モデルらしいから。すぐ止めちゃったみたいだけど」 「へ~、そうなんだ。もしかしてお父さんも業界の人?」 母親が芸能界に居たのなら、父親も同じ業界に居てもおかしくないのかなと斗亜は思いそう投げかけた。   「ううん。普通の会社員だったよ。でも3年前に交通事故で死んじゃったんだ」 眉を下げて、困ったような笑みを浮かべる未来に斗亜は思わず言葉を飲み込んだ。   「あ…、僕、ごめんっ…」 デリケートな事情に土足で踏み込んでしまった事を、故意ではないにしろ申し訳なくて、斗亜は不安げな表情で謝るが、未来はまるで気にしてないようににこりと笑った。   「あぁ、全然いいよ。気にしないで?あ、適当に座ってて。緑茶と牛乳、紅茶、カルピス何がいい?」 「あ、じゃぁカルピスで…」 「OK。ちょっと待っててね」 そう言って未来は部屋を出て行った。 斗亜は閉められたドアと、そして初めて入る未来の自室をぼんやりと見つめながら、先程の話を思い返した。 未來の父親が亡くなられていた。 そんな情報どこにも書いてなかったので斗亜は全く知らなかった。 ドラマで共演し、その時分には多くの時間を未来と過ごしてきたが、まだ出会って間もない間柄。 知らない事があるのは当たり前だけど、きっとまだまだ多くの事を自分は知らないのだろうなと、そう思うと斗亜は少し寂しい気持ちになった。 でも、これから、これから少しずつ知っていけるかな。 いや、少しずつでいいからもっとちゃんと知っていきたい。 出来たら、誰も知らない未來の事まで。 そう、斗亜は未来の匂いで溢れる部屋の中思った。   「お待たせ~」 がちゃりとドアが開けられて、飲み物の入ったコップと、お菓子の盛り合わせが乗ったお盆を持った未来が入ってきた。   「あ、ありがとう」 「はい、ど~ぞ~。あ、お菓子適当に食べていいからね」 斗亜にカルピスの入った方のコップを手渡すと、未来も斗亜の隣に腰をおろした。   「あ、うん。ありがとう。じゃぁ頂きます」 「どうぞどうぞ~」 二人はお盆の中からチョコレートの包みを手に取り、ぱくりと口にほおりこんだ。 「そう言えばさ、明日だよね?映画の顔合わせって」 斗亜はチョコの包みをなんとなしに綺麗にたたみながら、そう話をふった。   「あ、うん。そうだよ」 「いい人ばっかだといいね。あ、苛められたりしたらちゃんと言わなきゃ駄目だよ?」 少し悪戯な笑みをたずさえて斗亜が言うと、未来はあははと声を出して笑った。   「うん、ありがとう。でも皆僕よりかなり大人だからそんな嫌がらせとかないと思うけどね」 未来は悟から聞いている共演者達を思い浮かべながら答えた。   「そっか。でもなんか困った事があったり僕に出来る事があったら言ってね?」 「はは、ありがとう。でも斗亜君だって忙しいんだから、僕の事なんかより自分でしょ?」 「え?」 未来から思いがけない台詞を言われ、斗亜は意表をつかれ聞き返した。   「え?じゃないし。映画の主演、斗亜君もするんでしょ?こないだ雑誌で知ってびっくりしたんだけど。何で教えてくれなかったの?」 「あ、いや、何でって、特に訳は無いけど…。言うタイミングが無かっただけだよ。今日話そうと思ってたし」 まさか未来がその話を知っていたとは思いもよらず、斗亜はなんだか隠し事がばれたようなバツの悪さを感じた。   「ふ~ん、そうなの?まぁいいけど。ってかおめでとう。いつから?撮影始まるの」 「9月からだよ」 黙っていた事を気にしていない様子の未来に内心でほっとしながら、斗亜はコップのカルピスを一口含んでからそう答えた。 「そうなんだ。ならドラマの撮影と被っちゃうね」 「うん。でもどっちも凄く楽しみだから、どっちもちゃんと頑張るよ」 そう言って柔らかく笑う斗亜に、未来も綺麗な笑顔で返した。   「そうだね。頑張ってね。僕も僕に出来る事があったらするから何かあったら言ってね?」 「うん、ありがとう。お互い頑張ろうね」 「うん。そうだね、ってん?何?」 ぽすっと、斗亜が肩に持たれてきた事をどうしたのかと未来が指摘すると、斗亜は瞳を閉じて頭をぐりぐりと未来の華奢な胸にうずめた。   「ん~?ちょっと甘えてるの。ずっと会えなくって寂しかったから。嫌?」 ちらりと上目遣いに覗いてくる斗亜がなんだか幼い子供の様な愛らしがあり、未来は声を出して笑った。   「あははは。嫌じゃないよ。僕も寂しかったから」 「本当?未來、大好きだよ…」 そう言って斗亜は未来の頬に手を添えると、はむっとそっと唇を噛むようなキスをした。 そして未来の朱色の小さな唇をぺろりと舐めた。   「ミルクティーの味がするね、未來の唇」 口の中に広がる未来の味を確かめながらそんな事を言う斗亜に、未来は驚き瞳をまん丸にして彼を見た。   「っなっ、そりゃそうだよ。ミルクティー飲んでたんだからっ」 最もな事を言う未来に、斗亜は思わず笑ってしまう。   「あはは、そうだよね」 「もうっ。びっくりするじゃんっ。唇舐められるなんて予想外なんだけどっ」 むすっと唇を尖らせる未来に、斗亜は眉を下げて笑った。   「ごめんごめん。でも、ねぇ、未來…」 「?ん?何?」 すっと瞳を細めて斗亜に名前を呼ばれ、未来は小首を傾げてその目を見つめた。   「今日はさ、いつもと違うキスしてみない?」 「へ?いつもと違うキス?」 唐突に言われた台詞の意味がよく分からず、未来は斗亜の言葉をそのまま返した。   「うん。大人がするキス、してみたくない?」 「え?大人がするキス?そんなのあるの?」 頬にするのと口にするの以外に、キスに種類があるなどとは知らなかった未来は、純粋な疑問を斗亜に投げかけた。   「うん。あるよ。してもいい?」 うっとりとした斗亜の視線に、未来はなんだか急に気恥しい感じがして、体をびくりと震わせた。   「え、あ、っ、ぅっ、でも僕、したことないから、どうしたらいいか解んないんだけど…」 揺れる瞳で上目遣いに見てくる未来がなんとも可愛くて、堪らず斗亜は未来をふわりと抱き寄せた。   「大丈夫。僕が教えてあげるから」 僅かに震える細い肩をしっかり抱いて、斗亜は未来の耳元にそう囁いた。

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