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第82話

ぞわりと背筋がざわついた。 舌をねっとりと絡められ、未来は斗亜の袖口をぎゅっと握った。   「っんっ」 ゆっくりと離れていく斗亜を、未来は少し上気した顔でぼんやりと見つめた。   「どう?嫌だった?」 「っ、ぅ、い、嫌じゃないけど…」 嫌ではないがなんとも不思議な感じが未来にはした。 あれが大人のキスというものなのか。 どうと言われても、カルピスの味がしたとしか答えようがないなと、未来がそう心中で思っていると   「なら、もう一回してもいい?」 「えっ?ぅ、うん…。いい、けど…。でもこんなキス大人はするんだね。なんか、ちょっと恥ずかしいんだけど…」 未来はほんのり顔を染めて、そして瞳をさ迷わせもごもごとそう言った。   「恥ずかしい?何で?」 「っ、だって、僕の口の味、斗亜君してるよね?僕変な味してない?」 「え?」   真剣な面持ちでそんな事を聞いてくる未来に、斗亜は意表をつかれすぎて思わず言葉を失うが 「あはははは、してないよ。大丈夫。未來の口はミルクティーの甘い味がするから」 色恋沙汰やこういった事の知識が疎いとは思っていたが、本当に何にも知らない未来が心底可愛いと斗亜は思う。   「未來…」 斗亜はうっとりと未来を見つめ、そしてその小さな唇に自身の唇を重ねた。   「っ、ん…ぅ…」 唇に舌を這わせられ、ゆっくりと入ってくる斗亜の舌に、未来はぞくりと肩を震わせた。 口内をじっくり味わうような斗亜の舌の感覚は、やはりなんだか恥ずかしいと未来は思う。 それに頭もふわふわとしてしまうし、加えて息も出来ないと、未来は斗亜から逃れる様に、半ば強引に顔を背けた。 「っ、はぁ、はぁっ、はぁっ…」 真っ赤な顔でこちらを軽く睨み付けてくる未来に、斗亜はくすっと小さく笑った。   「息止めなくていいんだよ?」 「っ、でもっ、口塞がってるしっ」 「鼻で出来るでしょ?」 確かに。 言われて初めて気づいたが、なんだかてんぱりすぎて、未来は勝手に息を止めてしまっていた。 ぽかんと口をあけたままぼんやりしている未来に、再び斗亜がその肩に腕をまわした。   「ねぇ、もう一回、今度はもうちょっと長くしていい?」 未来のさらさらと指通りの良い髪をあそびながら、斗亜は甘く切ない声でそう言った。   「えっ?ちょっ、待ってっ。無理っ。もう今日は駄目っ」 とんと、斗亜の胸を腕押し、未来は焦った声で否定の言葉を発するが   「え~、何で?もう一回だけだから。お願い、未來」 小首を傾げ、少し潤んだ瞳で斗亜に見つめられては、なんだか自分が意地悪をしているような錯覚に未来は陥り、思わず言葉を詰まらせた。   「っ、っもうっ。じゃぁ、もう一回だけだよ?もうそれで今日はお仕舞いだからねっ?」 渋々と許可を出した未来だが、あんなキスを何回もしたらなんだか変になりそうだと、心中で軽い不安を感じていた。   「解ってる、解ってる。大好きだよ、未來…」 おねだりを聞いて貰えた子供のように、無邪気な笑みを浮かべ未来を抱き寄せた斗亜だったが、未来を抱きしめた彼の顔はとても切なかった。 自分の胸の中にいる未来の全てを知りたい。 関われば関わる程欲張りになってしまう。 もっと見せて欲しい。 誰も知らない、僕しか知らない君の顔を。 出来る事ならこの先ずっと、僕にだけ見せて欲しいと、思わず零れた小さなため息と共に斗亜は思った。

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