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第85話
撮影を終えて、未来は同行していた健二と共にホテルに戻り寛いでいると、健二のスマホが悟からの着信を知らせた。
「…はい、はい。順調に進んでます。はい、大丈夫です。共演者からも可愛がってもらえてますし、監督からも凄くいいって誉めて貰えてますし、主役を未來にやってもらえて良かったって大絶賛してくれてますよ」
まるで自分の事のように嬉しそうに話す健二に、電話越しの悟も満足気な表情を浮かべた。
「そうか。それは良かった。未來は今何してる?疲れてもう寝てるか?」
早朝から遠距離移動をした後の撮影では、さぞかし疲れているだろうと、悟は未来を少し心配に思ったのだが
「いや~、寝てはないんですけど…。というかもう寝かせないといけないんですけど…」
少し気まずそうに言葉を探す健二に、悟は彼の言わんとする事がわからず小さく首を傾げた。
「未來。そろそろゲーム止めて寝ないと。明日も朝早いんだから」
悟との電話を切ってから約二時間後。
ソファーに転がりスマホゲームに夢中の未来に、健二はそう投げかけた。
「は~い、解ってま~す。この面クリアしたら止めま~す」
視線は画面に釘付けのまま、こちらをちらりとも見ない未来に、健二の口端が僅かに引きつった。
「っお前ね。俺もう二回その台詞聞いてるんだけどっ?」
再三制止を促した健二の言葉は、のらりくらりとした未来の言い訳によりスルーされ、いい加減彼も嫌気を感じてきた。
「だってこのボス超強くって中々、あっ、また負けたっ。あ~っ、もうっ。もう少しだったのにっ」
盛大に仰け反り、悔しそうに足をじたばたとする未来に、健二はあからさまにため息をついた。
「はぁ~、もう明日にしろよ。ってかお前、ホテルに帰ってきてからずっとゲームしてるけど、明日の台詞ちゃんと覚わってるよな?」
「え~、何言ってるんですか。そんなの当たり前じゃないですか。大丈夫です。だって僕は加藤未來ですから」
にやりとと笑ってここ最近の未来お決まりの台詞をどや顔で言われるも、琉空と違って大人な健二はもちろん苛立つ事はない。
「はいはい。ならいいけどもう寝なさい。もう24時過ぎてるんだから」
明日は5時起き。
いくらなんでも流石に寝ないと演技に支障が出てしまうと、健二は未来の重すぎる腰を動かそうと催促するが
「え~っ、もう?後ワンゲームだけ」
「駄目っ。早くベッド入れっ。電気消すぞっ」
強制退去に入ろうとする健二に、未来は渋々ソファーを立ち上がった。
折角ありさのいないこの遠征中は、時間の許す限りゲームをやろうと企んでいた未来だったが、思わぬ監視者の存在に心中でちぇっと舌打った。
これでは家と同じだと、未来はつまらなそうに唇を尖らせ、ベッドへと入っていった。
※※※
驚くほど順調に進んだ撮影。
予定より1時間程早くランチタイムとなり、未来は配られたお弁当を健二と、そして先日顔合わせで挨拶を交わした安藤と共にテーブルを囲んでいた。
広島名物のお好み焼きがメインで、煮物とお浸しと漬物が添えらたお弁当。
三人は他愛もない話をしながら食事を進め、そして食べ終わりかけた頃。
未来のお弁当箱に、ぽつりと残された綺麗なオレンジ色が安藤の目に留まった。
「ん?あれ?未來人参嫌いなの?」
唐突に言われた安藤の台詞に、未来はギクリと肩を震わせた。
「っ、ぅ、はい…」
「ダメじゃん、好き嫌いしたら。大きくなれないよ?」
困ったような笑顔を向けてくる安藤に、未来はバツが悪そうに視線を逸らした。
「人参だけじゃなくて、玉葱も椎茸も食べないんですよ」
ため息混じりに呆れた表情で言う健二に、未来はむすっと頬を膨らませた。
「だってっ、美味しくないんだもんっ」
「え~、美味しいじゃん、玉ねぎも椎茸も人参だって」
「そうですよねぇ。体にだっていいし。もっと言ってやって下さい、安藤さん」
余計なお願いをし始める健二を、じろりと睨みを効かせて未来が見やっていると
「食べてみたら?ほら、ちょっとでいいからさ」
わざわざ箸で小さく切った人参の煮物を、ひょいと持ち上げ未来に向ける安藤に、未来は慌てて口を手で塞いだ。
「いやっ、まじで無理です人参はっ」
断固拒否のポーズをとる未来に、ちょっとだけちょっとだけと、安藤は中々引き下がってくれない。
が、なんとか諦めてもらい、人参を食べるという罰ゲームからのがれた未来は安堵のため息をつきながら、何でこんなとこまで来てこんな危機に陥らなければならないのか。
ゲームも満足に出来ないし、嫌いなものを食べさせられそうにもなるし、なんだか少し、早く家に帰りたいと思ってしまった。
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