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第88話

合同レッスン日。 未来と綾人がレッスン室に入ると、見知らぬ少年が一人パタパタと駆けて頭を下げてきた。   「初めましてっ。今月からオリバーに入所した八木蓮ですっ。宜しくお願いしますっ」 くるくると癖のある焦茶色の髪色で、くりっとした大きな瞳の可愛らしい顔立ちの蓮に、綾人はオリバーさん好みの奴が入ったなと、そう思いながら名を名乗った。   「あぁ、こちらこそ宜しく。俺は綾人」 「未來です。宜しくね」 綾人に続いて未来も挨拶すると、蓮がそわそわと未来に話しかけた。   「あ、あのっ、未來君っ」 「?ん?なに?」 大きな瞳で見つめてくる蓮に、未来は小首を傾げてそう聞いた。   「あのっ、俺っ、昔っから未來君の大ファンなんですっ。それでえっと、この事務所に入ったのも未來君がいたからで、だから本当はSクラス希望だったんですけど、でもっ、すっごい嬉しいですっ!一緒にレッスン受けれるなんて、まじで夢みたいっ」 今にも涙が溢れそうな、感極まってそう言ってくる蓮に、未来は思わずたじろいでしまう。   「え、あ、あぁ、それはどうも、ありがと」 同姓の、しかも同年代からこんな風に慕われるのは中々に珍しく、未来がなんだか少し照れくさく思っていると 「な~に、お前。もしかして素で照れてる?」 「っ、え、なっ、そんなんじゃないですっ。ちょっとびっくりしただけですよっ」 「ふ~ん、まぁいいけど~」 確信をついてくる綾人に、未来は焦ったように否定すると、綾人はくすりと笑いながら未来を見やった。 そんな二人のなんでもないやりとりですら、蓮の瞳には特別に映った。   「あぁっ、まじ凄いっ!喋ってるっ!ってかまじで可愛いっ!どうしようっ。どうしようっ、陽太っ!」 蓮は隣にいる陽太の腕をがしっと掴んでぐいぐいと引っ張った。   「いや、気持ちは解るけど落ち着け、な?頼むから」 陽太は蓮を嗜めるが、その効果はあまりない。   「でもだってっ、未來がっ」 「うるさいっ。ちょっと黙ってっ。あ~、未來、ごめんな?こいつまじで未來のファンでさ」 全く落ち着く素振りのない蓮に、ぴしゃりと陽太は一括したのち、眉を下げ困った笑みを浮かべ未来に謝った。 「え、あ、あぁ、うん、大丈夫…」   未来は戸惑いながらもとりあえずの言葉を返すと、やっとのこと場の雰囲気が見え始めた蓮が、大きく深い深呼吸をした。そして   「あっ、すみませんっ俺っ。でもテンション上がっちゃってっ、えっと、落ち着きますっ」 「あぁ、そうしてくれる?ってか言っとくけど、ファンなのはいいけど公私混同しないでね?間違ってもサインとか要求しないでよ?」 綾人は冷たい視線を蓮に向けながらそういうと、何故か当事者ではなく陽太がドキリと背筋を震わせた。 そして陽太は無理矢理場を和ませる為に笑った。   「は、ははは。やだなぁ~、綾人君。そんな事くらい解ってますよこいつだって、なぁ、蓮?」 「はいっ。それは大丈夫ですっ。俺だってそれくらいはわきまえてますからっ」 満面の笑みではきはきと言う蓮に、綾人の視線も次第に和らいでいく。   「そ。ならいいけど…」 「あ、でも、握手っ。握手くらいならしてもらってもいいですか?」 瞳を煌めかせ、それはそれはうきうきと言った蓮の言葉に、その場にいた全員が固まったのは言うまでもない。 ※※※   次の日の学校。 未来はお決まりの座席に琉空と座り、授業開始までの間に昨日の話をしていた。   「へぇ~、なんか今までにはないキャラの登場だな。で?お前的にどうなの?」 琉空は未来の心情が気になり、少しうきうきとした表情を浮かべた。   「どうって別に。まぁ、ファンだって言われて嫌な気分にはならないけど、あそこまで熱烈だとちょっとね…。まぁでも、それは最初のうちだけだと思うけどね」 そう未来は話すが、琉空はそうは思えなかった。   「いやぁ~、そうか?だってお前に憧れて事務所にまで入ったんだろ?そんな簡単にはテンション下げられないでしょ。憧れのお前を前にしてさ」 自分だって好きな芸能人を前にしたら浮き足立ってしまう。 蓮に至っては未来を追いかけ事務所に入ってしまう程の筋金入りだ。 それで直ぐに平常になんかなれないと琉空は思う。   「ん~、それが案外そうでもないんだよね~。理想は理想、現実はあくまで現実だから」 「は?何それ。どういう意味?」 琉空は未来の言わんとする意味が解らず疑問符を浮かべた。   「天才だって所詮人間。芸能人だって結局はただの人なんだって事だよ」 眉を下げて乾いた笑みを浮かべる未来に、やはり琉空は訳が分からずぽかんと口を開け、は?と聞き直した。

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