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第89話
スタジオ撮影日。
未来が待機所で開始までの時間を待っていると、おはようございますという掛け声と共に、安藤と今野、高村がスタジオに入ってきた。
未来は台本を眺めていた目線を上げ、声の方へ視線を移すと、そこには特殊メイクを施した三人がいた。
「わぁっ、凄いっ。皆格好いいですねっ。僕もそういうのしたいですっ」
瞳を輝かせそう感嘆する未来に、全身真白な毛で覆った狐男に扮した安藤が、眉を下げ困ったような笑いを浮かべた。
「え~?こんなんがやりたいの?やらなくていいよ、未來は。折角の可愛い顔が解んなくなっちゃうから」
「そうそう。それに結構大変なんだぞ?中々落ちないからな、こういうは」
真緑に顔を染め、頭に皿を乗せた河童男の今野が自分の顔を指さし言った。
そして血色のない青白顔のメイクには似つかわしくない、豪快な笑いをしたのは雪女の高村で
「あははは。特殊メイクですからね。そんな簡単に落ちても困りますけど」
長すぎる髪を踏まないように手で持ちながら、高村はそう言った。
「でも一回でいいからやってみたいです」
三人のクオリティ高い変装をいたく気に入った未来は、弾む声で言いながら、三人の周りをくるくると周り、興味深そうに見入っていた。
※※※
夕ご飯を食べ風呂にも入り、自室で読書をしながら寛いでいると、未来のiPhoneが斗亜からの着信を知らせた。
「じゃぁ撮影は順調なんだ?」
未来から映画撮影の話を聞いたのち、斗亜はそう未来に伺った。
「うん。皆気さくでいい人ばっかだし、凄く楽しいよ」
「そっか。なら良かった。でもCG撮影って大変じゃない?僕も前ちょっとだけ撮った事あるんだけど、なんか全然感覚が掴めなかったから」
斗亜はその時の苦難を思い出しながらそう言った。
「僕もだよ。本当難しいよね。オーバー過ぎる位に大袈裟に動いて丁度、なのは頭では解ってるんだけど、なんか中々…」
「うん。中々そんな風には動けないよね」
そう斗亜に同調してもらえ、未来は気持ちを分かって貰えた事で、心地よい安心感に包まれた。
「だよね~。だから出来上がりが楽しみだけど、ちょっと不安だよ」
「ははは、大丈夫だよ。監督はCG使いの天才だって言われてるし、未來も演技の天才なんだから、絶対凄くいい作品に仕上がってるって」
珍しくマイナス思考な未来を意外に思いながら、斗亜は彼を持ち上げる言葉をあえて探して言った。
「ん~、だといいんだけどね。でもやっぱ不安だな。ってかまず全部撮り終わらないと作品を作れないってのが凄く違和感。出来上がったものを自分達が見れるのもずっと後だし、本当にドラマと映画って全然違くない?」
未来はため息混じりにそう言った。
「まぁ、確かにそうだね。ドラマならやってる途中で修正も効くし反響も聞けるけど、映画は全てがある意味一か八だもんね」
「ねぇ。しかも公開は約一年後っていう…。はぁ~、どうなるんだろ。なんかどう評価されても凄い不思議な感覚になりそう。だってその評価って過去の自分のものになる訳だからさ。それに一年も結果を待ってなきゃいけないなんてなんか凄い憂鬱」
僕、耐えられるかな…と、未来には珍しく本当に弱気な発言に、斗亜は思わず苦笑いを浮かべた。
「そんな大丈夫だよ。ってか重く考えすぎ。僕だって未來と立場は同じだから気持ちは解らないわけじゃないけど、でもやるだけやったら後は任せようって思ってるよ」
「任せる?」
未来は斗亜の言葉の意味がいまいち理解出来ず、そのままオウム返した。
「そう。製作陣と運に。多分未來は今撮影中だから色々考えちゃうんだと思うけど、撮影が終わったら一旦忘れるくらいでいいと思うよ?」
あっけらかんとそう言う斗亜に、未来は意表をつかれ瞳を丸くした。
「え?忘れるって、いや無理でしょそんな。評価も聞かずに忘れるなんて」
そんな事出来るわけが無いと未来は思うがしかし
「じゃぁ一年間ずっと映画の事考えてるの?」
そう言う斗亜に、確かにと未来も納得させられる。
ずっと映画の事ばかりは考えていられない。
だけど気になるものは気になると未来が思っていると
「評価が気になるのは当然だけど、でもそれに囚われるのは勿体なくない?ドラマだって始まるんだしさ」
「そう、だけど…」
ゆっくりと、未来の不安を溶かすように斗亜は話す。
「大丈夫。未來の映画だもん。絶対成功するよ。それに撮影が終わったら気にならなくなると思うよ?だってドラマの撮影でまた忙しくなるわけだからさ」
そう言う斗亜に、未来はそうだよねと、頼りない笑顔を浮かべ言うと電話を切った。
そして読んでいた本を棚に戻しながら、先程の斗亜の言葉を思い返す。
ドラマの撮影が始まったら、自分は本当に映画の事を忘れられるのだろうか。
未来はやはり不安が拭いきれずにいた。
一層撮り終わった時点で評価されたら気が楽なのにと、未来はそう思い深いため息をついた。
映画って精神的にしんどいなと、早くこのもやもやとした気持ちから解放されたいと、未来はそう思った。
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