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第90話

レッスン日。 未来が更衣室のドアをおはようございますの挨拶と共に開けると、待ってましたと言わんばかりに大和と蒼真が声をかけた。   「おはよう、未來。綾人から聞いたよ。Oクラスにえらい新人が入ったんだって?」 困った様な笑顔を浮かべ聞いてくる大和に、未来は蓮の事かとすぐに認識し、彼もまた大和同様の笑みを浮かべた。   「あぁ、はい、そうですね」 「お前の大ファンなんだってな。握手せがまれたらしいじゃん?」 「あぁ~、ははは」 苦笑しながら言う蒼真に、未来は乾いた笑いで返した。 そんな未来に大和は小さなため息を一つ吐いて話出した。   「まぁ1ヶ月くらいはそういう態度でもしょうがないかもしんないけど、でもそれ以降も続くんならちょっとな」 「うん。遊びでレッスン受けに来てる訳じゃないんだから。まぁでもその辺はOクラスの奴らが教育すると思うけど」 そう話す大和と蒼真に、未来は曖昧な笑顔を向けてそうですねと相槌した。   「でもあんまうっとおしかったら言えよ?綾人がいるから大丈夫と思うけど、お前が遠慮する事ないからな」 「あぁ、はい。ありがとうございます」 大和の申し出にお礼で答えた未来だったが、蓮の態度は絶対に最初だけだと未来は確信していたし、それに自分も遠慮なんてするつもりはない。 だから大和達が心配する様な事はないと未来が思っていると 「あ、悟さん。おはようございます」 ひょっこりと現れた悟に気づいた大和が、ぺこりと頭を下げた。 それに続き未来と蒼真も挨拶をすると、悟も爽やかな笑顔でこたえた。   「おはよう。未來、ちょっといいか?」 悟に呼ばれ更衣室を出て、人気の少ない廊下奥の踊り場まで行くと、悟は徐に話し始めた。   「悪いな。話してたのに」 「いえ。大丈夫です。話って何ですか?」 小首を傾げ自分を見上げて来る未来に、悟はにこりと柔らかい笑顔を向けた。   「あぁ、次の仕事の話なんだがな」 「え?次?」 意外すぎる悟の申し出に、未来は瞳を丸くして驚き思わず言葉を返した。   「あぁ。勿論今の映画の撮影が終わってからの話だし、今回みたいに主演とかではないんだが、先方がどうしてもお前に頼みたいって言ってきてな」 にこやかにそう話す悟に、ありがたい話だと未来は思うがしかし、映画が終わってもドラマの撮影が始まる。 ドラマも主演だから集中してやりたいし、微妙な仕事なら断って欲しいなと、未来はそう思った。   「どんな仕事なんですか?」 とりあえずという感じで、あまり気乗りしない未来の様子に悟は珍しく悪戯な笑みを浮かべた。   「あぁ、実はな…」 声を顰めて話出した悟に、未来の瞳が再び大きく見開かれた。 ※※※   「まじっ?じゃぁマエケンに会えるって事っ?」 レッスンから家に戻った未来は、早速琉空に貰った仕事の話をしていた。   「え、あぁ、それはそうでしょ。監督で主演なんだから、会えなきゃ始まんないよ」 予想以上に興奮してる様子の琉空に、少し面食らいながら未来は答えた。   「そっか。そりゃそうだよな。でもまじいいなっ。ってか羨ましいっ。俺結構ファンなんだよねっ、前川健太郎のっ」 前川健太郎。 お笑い界のトップに君臨する人気コメディアン。 自分も悟から話を聞いた時は驚きそして凄いと興奮もした。 が、琉空のようにファンという訳ではない。   「意外。琉空お笑い好きなんだね」 「え、あ、いや、まぁそれは別に人並みだけど。そんな詳しくないし。でもマエケンは好きだよ。面白いから」 確かにと、未来も思った。 幅広いジャンルで活躍している前川は、お茶の間のスターの座を欲しいままにしている。   「でも心配なんだよね。ってか不安。僕コメディーとかした事無いし、どんな役やらされるかも聞いてないし」 ため息混じりに話す未来に、琉空は彼の不安よりも映画のジャンルが知れた事に焦点がいった。   「へ~、コメディーなんだ?」 「いや?まだ解んないけど。まだ何も聞いてないから」 「何だよそれ。お前の勝手な予想かよ」 マエケンのコメディー映画楽しみすぎると期待を膨らませたのに、違うのかよと琉空は心中で毒づいた。   「うん。でも笑いは絶対絡んでくるでしょ。だってマエケンの映画なんだからさ」 「まぁ、多分。そうだろうな」 コメディーでは無くてもどこかしらに笑いが入る。 それは前川がコメディアンだから。 安易な気もするがどうしてもそう思ってしまう。   「はぁ~っ、引き受けちゃったものの、僕出来るかな~。だって僕、人をときめかせるのは得意だけど、人を笑わせる才能は多分無いからなぁ~」 大きなため息から始まった未来の台詞に、琉空は口端を引き攣らせた。 なんだろう。 なんかむかつく悩みだなと琉空は思う。 本人は至って真剣に悩んでいるんだろうが、そこがまた腹立たしい。 が、あえてそこはスルーして話を進めようと琉空は思った。   「いやでもさ、きっとそんな事解って向こうだってオファーしてきてると思うけど?」 「ん~、まぁそれもそうだよね。そもそも僕は美少年だから、僕にお笑いなんて誰も求めてこないよね」 軽快な声で言われた言葉に、琉空はぽかりと口をあけた。 開いた口が塞がらないとはまさにこの事だと琉空は思った。 冗談ではなく未来は素で自分の事を美少年と言っている。 未来のこの痛い性格は解っているし、慣れてもいる。 だがしかし、心底うざいと琉空は思わずにはいられなかった。

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