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第91話

撮影も中盤に差し掛かってきた頃。 未来が安藤と高村と一緒に、取り留めのない話で撮影が始まるのを待っていた時。 おはようございますというスタッフの声に反応し、そちらを見ると一人の女性がスタジオに入ってきた。 すらりと伸びた長い手足に、華のある整った綺麗な顔立ち。 その女性は未来達の方まで来ると、すっと姿勢を正して立ち止まった。   「化け猫役の栗木愛梨です。宜しくお願いします」 抑揚のない声音で手短な挨拶をした栗木に、ぺこりと頭を下げて安藤も挨拶を返した。   「こちらこそ宜しく。一緒にがんばって良い作品をって、え、あ、あれ?」 安藤の挨拶の途中。 だというのに栗木はスタスタとその場を去って行ってしまった。   「…行っちゃいましたね…」 未来はぼんやりと栗木の後ろ姿を眺めるが、高村は怒りを露にした。   「何あれっ。感じ悪っ。挨拶くらい気持ちよくすればいいのにっ」 「ま、まぁまぁ。メディアメインの女優さんはあんなもんだって。真希ちゃんみたいに舞台出身の女優さんとは違うから」 今にも栗木に文句を言いに行きそうな高村を、安藤は宥めるように言葉をかけるも、その安藤の言い回しが高村に引っかかった。   「何ですかそれっ。どういう意味ですかっ?」 「え、あ、あ~っ、違う違うっ。変な意味はないよ?でもドラマや映画は舞台みたいにキャストやスタッフが一致団結出来なくてもいい作品は作れるから。だから協調性とかってないならないで許されちゃうから。舞台はそうはいかないと思うけど」 むくれた顔の高村に、安藤は困った顔でそう弁明するが、高村はそうかそうかと簡単に納得はしなかった。   「っだからってでもっ、折角共演するんだからっ」 「うん。そうだな。そうなんだけどでもこれは仕事だから。カメラの前以外の事に文句は言えないよ。栗木さんの演技に問題あるなら別だけど」 そうじゃない?と、持ち前の人好きする笑顔を浮かべる安藤に、高村は渋々だがやっと反論するのをやめた。 そんな二人のやり取りを近くで聞いていた未来は、高村の気持ちが解らないではないが、自分は安藤の言う通りだと思っった。 メディア女優の中にも高村の様に気さくで社交的な人も沢山いる。 というよりほぼほぼ栗木のようにつんつんしている人はいないのだが…。 どんな性格とか態度とか、そんな事は関係ない。 安藤の言う通りこれは仕事だ。 共演者同士仲良く出来ても出来なくても、目指す場所が同じなら問題はない。 未来はそう思いながら、離れた場所で一人台本を読む栗木を見つめた。 ※※※ 栗木がクランクインして数日。 相変わらず馴れ合いを全く好まない彼女に、高村はやはり苛苛としている様ではあるが、栗木の高い演技力を高村も認め、最初の一発触発な雰囲気はない。 「あ、未來君。明日の撮影で少しワイヤー使う予定だから、後で軽く説明しときたいんだけど、今日終わったら少し残ってくれる?」 待機所で台本に目を通していた未来に、スタッフがそう話かけると、未来は解りましたと返事をした。 ワイヤーを使ったアクションは初めてで、未来はそのシーンをとても楽しみにしていた。 だがそのシーンは栗木と絡む撮影だ。 挨拶もろくに交わさない彼女だが、それでも一応撮影が始まる前に、軽くコミュニケーションをとっておいた方がいいだろうと、そう思った未来は栗木の元へ向かった。 スタジオの片隅。 もはや栗木専用場所となったそこにやはり彼女はいた。 パイプ椅子に座る栗木の前にすっと立った未来は、徐に彼女に話かけた。   「あの、栗木さん。明日宜しくお願いします。僕、ワイヤー初めてだしCGもまだ慣れてないから迷惑かけると思いますが」 「は~い。こちらこそ~」 出た、と、未来は思った。 栗木の必殺技の強制終了に、未来は心中で苦笑しながら、でもここで負けては駄目だ、もう少しなにか話さないとコミュニケーションもなにもない。 そう思うがしかし、これといって話題が見つからない。 何かないかと未来が思案していると、ふと栗木が膝の上に広げていた雑誌が未来の目にとまった。 「何読んでるんですか?へ~、栗木さんもそういうの読むんですね。ちょっと意外です」 ふわりと努めて柔らかい笑みを栗木に向けた未来に、栗木は小さなため息を一つ吐いた。そして   「あのさ、悪いんだけど必要以上の会話してこないでくれる?気が散るしプライベートと仕事は混合したくないから」 睨みを効かせて言われた台詞に、未来は瞳をぎょっとさせ驚くも、咄嗟にぺこりと頭を下げた。   「す、すみませんっ」 「ったくこれだからガキは嫌なのよ。はぁ~、迷惑かけるって解ってんなら私と無駄話するより迷惑かけないように少しは努力でもしたら?」 そう言って、あからさまに苛苛とした素振りで栗木はその場を去って行った。 残された未来が呆然と栗木の後ろ姿を見つめ立ちつくしていると 「未來、気にすんなよ」 ぽんと、未来の肩に手を置き安藤が優しい声音でそう言った。   「え、あ、安藤さんっ」 「彼女は彼女のスタンスがあるから。皆が皆楽しく仲良くって風にはならない時もあるからさ。だから」 「あの、大丈夫です」 未来は眉を下げ、少し頼りなく笑った。   「え?」 大丈夫とは何がだ。 何に対しての大丈夫なのか安藤には解らず、思わずそう聞き返した。   「解ってますから。それに栗木さんの言う通りですよ。だって和気あいあいしたいなら出来るレベルに僕がならなきゃ。そうじゃない相手とじゃ話したってしょうがないって僕も思いますから」 淡々と話す未来に、安藤は予想外の未来の台詞に少し呆気にとられてしまう。 が、我に返り未来と話そうと思った矢先に   「僕、監督にCG使っていいか聞いてきます」 「え、あ、未來っ?!」 そそくさとその場を立ち去っていく未来の背中に呼びかけるも、その足が止まる事はなかった。 そして行ってしまった未来の後ろ姿を見つめながら、安藤は小さなため息をはいた。 確かに未来の考えは間違ってはいない。 だが安藤は未来にはそういう役者、いや、人間になってほしくないんだけどなと思ってしまう。 しかし、今それを言ってしまうと栗木を否定する事になってしまいそうで、安藤はどうしたものかなぁと首を傾げた。

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