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第92話

某テレビ局にある会議室。 もうすぐ撮影の始まるドラマの顔合わせに未来は来ていた。 役者だけでなくスタッフやディレクター達も集まっている部屋で、未来はメインキャスト達と挨拶を交わしていた。 「初めまして、三宅春樹です。よろしくお願いします」 10代半ばの短い黒髪の爽やかな顔立ちの少年、春樹はぺこりと頭を下げた。   「井筒郁弥(フミヤ)です。よろしくお願いします」 10代後半明るい茶色の長髪の背の高い少年、郁弥はにこりと笑って名を名乗った。 「寺下優太です。よろしくお願いします」 「井村光一です。よろしくお願いします」 こちらも10代後半、赤茶色の襟足長めの髪型の、可愛らしいがやんちゃそうな顔立ちの少年、優太と、20代後半、癖のある少し長めの黒髪の色気のある綺麗な顔立ちの男が口々に自己紹介した。 優太と光一は未来と同じオリバーエンターテインメントのタレントだったが、二人とも未来とは初対面だった。 「深谷斗亜です。よろしくお願いします」 「加藤未来です。よろしくお願いします」 斗亜に続き未来もにこやかな笑顔を浮かべ頭を下げた。 そんな未来に郁弥が少し無遠慮に、まじまじとその顔を覗き込みそして感嘆した。   「いやぁ~、まじで可愛い顔だな」 「だよねっ。まさに天使っ」 郁弥に続いて優太も声を弾ませてそう未来を称えた。 「そんな、ありがとうございます」 褒めら慣れているが褒められて悪い気はしない。 未来は満足そうににこりと笑ってお礼の言葉を口にした。 その未来の笑顔に胸を打たれたのは郁弥と優太だけではなかった。 光一もまたなるほどと心中で頷いた。 悟とそしてオリバーが未来の事を溺愛してると聞いてはいたが、未来を一目見て光一もその気持ちが良く解ってしまった。   「未来、これから長い付き合いになると思うから仲良くしてね?」 ふわりと柔らかい笑顔を向けてくる光一に、未来もまた同様に笑った。   「はい、こちらこそ。ドラマの主演初めてなんで色々ご迷惑かけると思いますが、宜しくお願いします」 再び軽く頭を下げた未来に、皆で良いドラマにしようと声を掛け合い、そしてその後は当たり障りのない雑談に華を咲かせた。 そんな和気あいあいとした雰囲気に、未来は心中で良かったとそっと胸を撫で下ろした。 メインとなる共演者の皆が気さくそうな人で未来は安心していた。 このドラマは既に続編が決まっている。 だから栗木タイプの役者が一人でもいたら少しやりにくいなと感じていた。 まだまだメインキャストは他にもいるが、最低限のコミュニケーションのとれる人達だといいなと未来は思った。 ※※※ 役者やスタッフ達の殆どと挨拶を交わした未来は、一人トイレへと来ていた。 洗面所の蛇口を捻り水を出すと、未来は水を両手で掬い、そしてざばりと音を立て顔を洗った。 ハンドタオルで顔を拭い、鏡に映った顔をぼんやり見つめた後に、小さなため息を吐いた。 はぁ~、疲れた。 皆いい人そうな人ばかりだったが、しかし殆どが初対面で年上ばかり、流石の未来も少し気疲れしていた。 そして再び未来がため息を漏らしていると、入口のドアがガチャりと開かれた。   「こら。さぼってちゃ駄目だろ?こんなとこで」 こちらに歩きながら斗亜は、くすりと笑ってそう言った。   「斗亜君…。さぼってないよ別に。自然現象なんだから仕方ないでしょ?」 「はは。そっか。でもじゃぁ息抜きはいらない?」 未来の手にそっと自分の手を添えて、斗亜はにこりと笑って言うが、未来は斗亜が言わんとする意味が分からず小首を傾げた。 「え?息抜?」 「うん。5分くらいならいいと思うんだけど、だめ?」 「っな、えっ?!」 ちゅっと、軽く頬に口付けられて、未来はやっと斗亜の意図に気づいた。   「いや?」 「っ…、嫌じゃないけどっ…」 「なら5分だけ。二人でいようよ」 未来をぎゅっと抱き寄せて斗亜はその耳元に囁いた。 「っ…、はぁ~っ、5分だけだよ?」 すりすりと首元に甘えてくる斗亜を邪険には出来ず、未来は渋々彼の要求を了承した。   「ありがとう、未來。大好きだよ」 「もぅっ。本当に5分だけだからねっ」 「解ってる、解ってる」 手を繋いで二人は一番奥の広めの個室へと入って行った。 そしてパタリと閉じられたドアのすぐ隣りの個室。 そこで出ずに出られず居た春樹が、口を手で覆い瞳を丸くしていた。 二人の会話の全てが聞こえた分けではないが、しかし二人で個室に入っていったのは事実。 嘘だろっ!?この二人って……と、春樹は動揺しながら出来る限り音を立てずにドアを開けてトイレを出た。   「え…?今なんか音しなかった?」 斗亜に抱きしめられながら、未来は微かに聞こえた音にぴくりと反応した。   「え?音?何の?」 「ドアがしまる音…。まさか誰か居た?」 神妙な顔つきで外の気配を探る未来だったが、そんな彼とは対照的に斗亜は眉を下げて笑った。   「え?誰もいなかったよ?気のせいじゃない?」 「気のせい、かなぁ~」 確かに外に誰かいるような感じはしない。 だけどさっきは絶対に音が聞こえた気がするんだけどなと、未来がそう思案していると   「大丈夫だって。誰もいなかったから。ね?」 「…うん…」 未来のおでこに自分のおでこをくっつけて、斗亜は言い聞かせるようにそう言うが、未来は先程の事が気になって心ここにあらず。 そんな未来に斗亜は少し面白くなさそうに瞳を細めた。   「未來…、僕の事考えてよ。今だけは…」 そう言って斗亜は未来の小さな唇をぱくりと塞いだ。   「え?っ、んっ、んっ!?っ…、ふっ、ちょ、斗亜くっ」 突然の斗亜からの激しいキスに、未来はまるで着いていけずただただ戸惑うばかりだが、そのキスは今までした事のないほど濃厚なもので、未来の力がかくりと抜けてしまう。   「おっと、大丈夫?」 崩れそうになる未来のその細い腰を、斗亜は咄嗟に支えてそう聞いた。   「はぁっ、はぁっ、っ、苦しいよっ、もうっ」 頬を薄らと赤く染め、潤んだ瞳で軽く睨んでくる未来に、斗亜はぞくりと胸が高鳴ったが、努めて平常心を装った。   「ごめん、ごめん。でも未來が悪いんだよ?」 「はぁ?何でっ?」 訳の分からない事を言い出す斗亜に、未来は瞳を見開きそう聞いた。 すると斗亜は困ったような笑顔を浮かべて未来の頬に手を沿わした。 「だって、折角二人っきりでいるのに他事考えるから。それに、気持ちよくなかった?」 ちゅっちゅっと、頬やこめかみにキスをしながら聞いてくる斗亜に、未来はくすぐったいのと恥ずかしい気持ちがないまぜになり、思わず言葉を詰まらせた。   「っ、なっ、それはっ…」 確かに前した時のキスよりも、もっと頭がふわふわとして気持ちよかったような気はしたと、未来がそんな風に思っていると   「ねぇ、もう一回していい?今度はもうちょっと手加減してあげるから」 両手で未来の頬を優しく包み、斗亜は挑発的に笑ってそう言った。   「っ何それっ。馬鹿にしないでっ。手加減なんて要らないよっ」 「本当?じゃぁもっと凄いのしていいんだ?」 「っ、い、いいよっ、すれば?」 戸惑いをあらわに、それでも強い眼差しで見上げてくる未来。 強がっているのは一目瞭然。 それなのに負けず嫌いな未来に斗亜は思わずふっと笑った。 「残念だけど、今日はやっぱ止めとくよ。ってかもう行かなきゃいけない時間だしね」 眉を下げて言う斗亜に、未来は咄嗟に自分の腕時計を確認した。   「あっ、もう15分も経ってるじゃんっ。早く戻らなきゃっ」 「あっ、待って未來。服ちょっと乱れてるから」 慌てて出ようとする未来を斗亜は咄嗟に制止した。   「え、あ、ありがとう…」 「よし、じゃぁ行こっか。名残惜しいけど」 そう言ってちゅっと軽いキスをしてくる斗亜に、未来は驚きながらもうっと薄ら唇を尖らせた。 そして思う。 本当に斗亜はキスが好きだなと。 自分も嫌いではないので別に構わないし、それに斗亜とキスやハグをしていたお陰で、少し疲れが和らいだ気がした。 もしかしたらキスには癒し効果でもあるのかななんて、そんな事を未来は思いながら会議室へと戻っていった。

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