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第93話

撮影が一区切り付き、未来が待機所で差し入れのパウンドケーキをもそもそと食べていた時。   「未來~っ!元気にやってたか~っ?」 「あっ!!父っ、えっ!?すごっ!?」 カエルの親分に扮した、全身ドブ色の谷口が満面の笑みで現れたので、未来は食べていたパウンドケーキを吹き出しそうになるのをなんとか堪えた。   「凄いだろ、これ。どうだ?いや、父さんって解るか、これ」 「ん~…、まぁ、かろうじて?」 両手を広げたり回転したり、未来に姿を見せながら言う谷口に、未来は曖昧な笑顔を浮かべた。   撮影の準備に行った未来と別れた後。 谷口がスタジオ外にある禁煙ブースで一服していると、お疲れ様ですと言いながら安藤が入ってきた。   「どう?うちの息子は。中々やるだろ?」 煙草の火を付けながらにやりと笑う谷口に、安藤は声を出して笑った。 「あはは。はい。もう流石谷口さんの愛息子。本当に期待以上ですよ」 「だろ?でもなぁんかちょっと今日は固いな~。大御所が多いからかな。本当はあいつもっといい演技すんだよ」 先程ちらりと見た未来のリハを思い出し、谷口はそう話した。   「ははは。そうですね。ちょっと緊張してんですかね」 「まぁ、そうだろうな。変にデリケートなとこあるっつーか片意地はる癖があるからなぁ~」   煙草をふかしながら未来の事を話す谷口を、安藤は少し神妙な顔で見つめた。 そして徐に彼に呼びかけた。   「…あの、谷口さん…」 「ん~?なんだぁ~?」 何やら真剣な声音で名を呼ばれて、谷口は真っ直ぐに安藤を見た。   「あの、未來の事でちょっと気になる事があるんですけど…」 「あ?気になる事?」 煙草を取り出したのに火を付けない安藤に、谷口は火を灯したライターを彼に向けた。 安藤は谷口にすみませんと言いながら煙草に火を付け一服した後、改めて話始めた。   「あの、何ていうか、あの子は小さい頃からこの業界にいるから仕方ないのかもしれませんが、その、何て言うか、少し考えが冷めてる所がありませんか?大人びすぎてるというか、物解りがよすぎるというか…。あ、勿論それはあの子の良い所でもあると思うんですけど…」 ぽつぽつと言葉を選びながら話す安藤に、谷口は煙草をふかしながらもしっかりと耳を傾けた。 そして一呼吸置いてゆっくりと煙草の火を消した。   「まぁ、そうだな。あいつは自分をよく知ってる。自分の才能、自分の価値、自分の立場をしっかり認識してるし、自分だけじゃなくそれは周りに対してもそうだ。お前や俺、周りの事を本当によく見てる。その上で自分より優れている人、自分に利がある人、そうでない人かを見極め相手にあわせて態度も変えられる。無意識に意識付けられてるんだろうな、小さい頃からの環境で」 谷口は未来と共演し過ごした時間の中で、未来の立ち振る舞いや言動から感じた事を安藤に話した。   「…はい。この業界、いや、どんな業界だって社会に出たらそういう要領はいいに越した事はないと思うんです。ですが」 「そうだな。あいつはまだ子供だ。そんな器用さはまだ要らない、お前の言いたい事はよく解る。だがだからこそ俺は今はまだそれでもいいと思ってる」 「え?」 安藤は谷口の言葉に意表をつかれ、思わず言葉を返した。   「この現場もそうだが、あいつがまだ子供である以上あいつよりキャリアがない役者と深く交える事は多くないだろう。しかもただの子役じゃない。天才子役だ。関わる人間もそれなりの役者になる。だからまだいい。さっきも言ったがあいつは自分をよく知ってる。だから傲りはない。周りが自分より優れていれば自分も負けたくないと努力するだろうし、嫌な言い方だがそんな相手に対してなら媚も売れるだろう。だけど俺が心配なのは今よりあいつが子役を卒業した時だ。同年代の役者、駆け出しの役者と主に関わる様になった時、あいつがそいつらを引っ張っていけるか、そいつらを見下さずきちんと向き合えるかどうかだ。それができなければあいつは干されちまう。世の中やメディアからじゃなく業界からな」 再び煙草に火を付け煙をくゆらせながら話す谷口に、安藤もまた煙草を口に含みゆっくりと彼に同調した。   「…そう、ですね。俺もそう思います。だから」 「だからそうならないように何か自分達に出来る事はないかって?」 言おうとした事を谷口に被せ言われ、安藤は少し面食らうが直ぐに頼りなく笑って谷口に答えた。   「はい。俺は未來にそんな風にはなってほしくないです」 谷口は安藤の優しい眼差しから、未来の事を彼が心から案じているのが解り、眉を下げて笑みを浮かべそして小さくため息を吐いた。   「はぁ~、そうだな。それは俺だって思うよ。だが俺らに出来る事はねぇよ。実を言うと俺も前に少し注意した事があったんだけどな、効果はなしだ。俺らが何を言ったって今のあいつには響かない。こういうのはあいつ自身が自分で気づけなきゃ意味がない。そんでそれを気づかせれるのは俺らじゃない。あいつの仲間になる奴らだ」 そうじゃないか?と、そう言ってにかりと笑う谷口に、安藤は確かにそうだ、そうだよなとどこか晴れた顔で徐に煙草を口に運んだ。

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