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第96話

レッスンが終わり帰り支度も済ませ、殆どのstudent達が帰路についた頃。 未来は一人談話室のソファーに座り、iPhoneを耳にあてていた。   「えっ?また?…はぁ~、もぉ~、解った。なんとかするからいいよ。うん、解った…」 通話をオフにしてiPhoneをポケットにしまうと、未来は大きなため息を一つ吐いた。 迎えが遅くなるとありさに言われ、どうしたものかと未来はため息をついたのだ。 先程まで一緒に迎えを待っていた陽太達はもう帰ってしまったし、なんとかすると言ったものの、なんともならなそうな状況に未来が困り果てていると   「あれ?未來。まだいたのか?」 ひょいと談話室の前を通った大和が、未来の姿を見つけ声をかけた。 未来は大和の存在に良かった、助かったと内心でほっと胸を撫で下ろしながら彼の名前を呼んだ。   「大和君っ!お疲れ様です」 が、大和の後から海斗と拓海、光太郎の姿を確認するとがっくしと少しだけ肩を下げた。   「お母さん待ってるの?」 「え、あ、はい」 拓海にそう聞かれ、未来は咄嗟にそう返事をした。 大和に頼りたかったが駄目だ。 海斗の前では大和に頼む事ができないと未来はそう思った。 そんな未来を探るように見ていた海斗は、先程自分の姿を見た未来が、何となくがっくりした様な、そんな風に海斗には見えた。 大和には満面の笑みを浮かべた癖に、自分には曖昧な笑顔しか見せない未来に海斗は腹立たしく思った。   「ふ~ん、じゃぁお疲れ。行こ?俺お腹すいたっ」 「え、あ、ちょっ、海斗っ?」 ふんっと顔を背けてそそくさとエレベーターの方へ向かう海斗に、大和は制止の意を込めて名を呼びかけるが、海斗の足は止まりそうにない。   「大丈夫か?一人で」 「もう来る?お母さん」 光太郎と拓海にそう聞かれた未来は、にこりと笑って彼らにこたえた。   「はい、大丈夫です。もう着くってさっき電話あったんで」 「早くっ!たっちゃんっ、聖君っ!」 未来が言い終わるやいなや、海斗が二人を呼ぶ声が聞こえてきた。 「うるせーっ!解ったよ」 「じゃぁまたね。未來」 「はい、お疲れ様です」 手を振りそう言った二人に、未来は頭をぺこりと下げた。 そして再び小さくため息を吐いた。 どうしようと、思わずぽつりとこぼれでてしまった。 ※※※ 事務所からほど近い場所にある大衆イタリアンレストラン。 安い・美味い・早いの三拍子揃ったこの店に、大和達はよくレッスン帰りに寄っていた。 今しがたお疲れの乾杯をした皆は、ごくりと喉を潤し料理の到着を待っていた時。   「お前ねっ、本当に止めろよああいう態度っ。ってか反省したんじゃなかったのかよっ」 大和は先程の海斗の態度を思い出し、それを咎めながらグラスを仰いだ。   「は?何が?俺別に何も言ってないじゃん」 つーんとした顔で、しらっとそう言い切る海斗に、光太郎が眉を下げて困ったような表情を浮かべた。   「いや、そうだけど…。でも未來は気を使ってんじゃん?お前に」 「そうかな。そんな事ないと思うけどって、あれ?」 光太郎への否定の言葉を口にしながらポケットをごそごそ探る海斗だが、お目当てのものが見つからず思わず声に出てしまった。 そんな海斗を不思議に思い拓海が声をかける。   「?何?どうしたの?」 「携帯がないっ。何で?」 「は?鞄中は?」 焦った顔でポケットや鞄、思いつく限りの場所を探す海斗だが、iPhoneが見つかる気配はない。   「ないかもしれない、ちょっと鳴らして?」 「いや、かけてるけど、鳴ってなくない?」 海斗があれ?と言い始めて直ぐに光太郎が彼の番号に電話を掛けていたが、耳をすませても着信音もバイブレーションの振動もなんの音も、一切合切彼らの耳に届くことはなかった。  

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