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第97話
いくら探しても見つからないiPhoneに、手元に無ければここしかないと、海斗は先程までいた事務所に戻ってきていた。
レッスン室のある階でエレベーターを降り、最早誰もいない廊下を歩きながら深いため息を吐いた。
もぉ~、最悪っ。
折角のピザを目の前に、お預けくらってiPhoneを探しに来なければならなくなった事を、海斗が心中ですこぶる後悔していると、談話室のソファーに座る未来の後姿が視界に入ってきた。
何故こんな時間まで未来がいるのだろうという疑問が、自然と海斗の口から漏れた。
「え、何してんの?」
する筈もない声が聞こえて、未来は盛大に肩を震わせ振り返った。
「!?え、あ、海斗君っ。どうしたんですか?」
「あぁ、俺は携帯忘れて…。未来は?なんでまだいるの?」
瞳をまん丸に自分を見上げてくる未来に、海斗は最初の疑問を再び投げかけた。
「え、あ、えっとその、母さん少し遅くなるみたいで…」
頼りない笑顔を浮かべて言う未来に、自分で聞いた癖に海斗は素っ気ない素振りで返した。
「ふ~ん、あっそ」
一言言ってその場を離れた海斗は、レッスン室の床に置き去りにされたiPhoneを見つけると、ほっと胸をなでおろした。
ここに無かったらもうどこを探せばいいのかわからなかった。
なので海斗は心底良かったとそう思い、早く大和達の元へ戻ろうと足を早めた。
談話室のソファーに座る未来は、もう何度目かわからないため息を人知れず吐いていた。
壁にかけてある時計を確認するも時刻は夜の9時。
ありさが迎えに来れると言った時間は11時なので、まだ二時間もある。
そう思うとうんざりしてしまう未来だが、しかし一人で帰ってばれて騒がれて怪我とかしてしまったら最悪だ。
だから待つしかないかとそう思い、未来はソファーの背もたれに首を預け瞳を閉じた。
そんな未来の様子を遠目から見ていた海斗は、帰る気配のない未来の様子に、迎えはどうなっているのかと少しだけ心配に思った。
だって自分達が未来と別れてからもう一時間程経っている。
そこではっと思い出されたのは光太郎の言葉。
〝未來は気を使ってんじゃん?お前に〟
その言葉に海斗はまさかと気付かされた。
「まだ来ないの?迎え」
談話室のソファーのむかい、そこにある自販機にもたれながら海斗が未来に投げかけた。
彼に珍しく無表情に近い面持ちに、未来は海斗の様子がいまいち分からず、とりあえずの曖昧な笑みを浮かべた。
「え、あ、どう、ですかね。あ、でも多分もうすぐ来ると思いますけど」
にへらと笑う未来に、海斗は瞳を細めてゆっくりと未来の方へ向かった。
「…それ本当?本当はまだ、当分来ないんじゃないの?」
「え、いや、そんな事」
「だったら俺も待ってていい?駅まで一緒に乗せてってよ」
そんな台詞を言いながら、とすっと未来の隣に座った海斗に、未来は意表をつかれ思わず口を滑らせた。
「え?いや、乗せてくのは良いんですけど、でもまだ2時間は母さん、あっ…」
しまったっ、と、思うが既に時遅し。
「馬鹿」
気まずそうな表情を浮かべる未来に、海斗はぽつりとそう言った。
だって2時間もこんな所で待ってる気だったなんて、いや、あの時からなら3時間かと、思えば思う程未来の行為に海斗は呆れてしまった。
「あのさ、本当に困ってる時は頼ったっていいんだよ。悪かったな、気使わせて。そうさせたのは俺だけど…」
バツが悪そうにそっぽ向いて、ぽつりぽつりと言う海斗に、未来もなんと返せばいいのかと戸惑いを隠せない。
「え、あ、いや…」
「送ってくよ」
「は?」
まさかの海斗の提案に、未来は口をぽかりと開けて固まった。
「早く帰りたいでしょ?」
「あ、でもっ…」
「どうしてもここにいたいなら話は別だけど」
すくりと立って、少し意地悪な台詞を言う海斗に、未来は思わず反論した。
「なっ、それは全然ないですけどっ」
「なら行こ?ほら早くっ」
そう言って、差し伸べてくるその手を未来はおずおずととった。
お願いしますの言葉と共に。
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