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第100話
緑のシートに覆われた撮影スタジオ。
カメラの前、中央で未来は小高い位置から飛び降りざまに剣を振り下ろした。
「未來、そこの着地の後ターン入れられる?手ついてもいいから」
「あ、はい多分。こんな感じ、ですか?」
湊の指示を把握した未来は、その様に動くと湊の方を振り返った。
「OK、いいね。じゃぁそれでもう一回撮ってみよう」
「はいっ」
そそくさと再び小高くなっている場所に戻っていく未来の背を眺めながら、湊はうんうんと頷いた。
思っていた数十倍良い動きをする未来に、湊は満足そうな笑みを浮かべた。
ダンスをやっているせいか身のこなしが綺麗だし、これならばCG加工をしなくてもそれなりに見えるかもなと、湊がそう未来の事を評価している時。
未来は周りにバレない程度の小さなため息をそっと吐いていた。
というのもこのカット。
かれこれもう20回以上も繰り返しているというのに、まだ湊は納得いかないのだろうかと未来は思う。
拘るのは大切だけど、でもちょっと拘りすぎだよこの人と、未来は心中でそう悪態をついた。
やっとの事OKが出た先程のカット。
未来が待機所で次の撮影に備えて体を休めていると、すっとその隣に安藤が腰をおろした。
「凄いな、未來。あんな動き俺には絶対無理。運動神経抜群だな」
傍で未来の撮影を観察していた安藤は、にこりと笑ってそう未来を褒めると、未来は咄嗟に恐縮した素振りで肩をすぼめた。
「え、いや、僕そんな運動神経良くないと思いますよ?バク転とかも出来ないし。でも、なんかこういう動きってダンスに似てます。ダンスの振り付けみたいな」
未来は手だけでだが、今までにした撮影の動きを繋げて安藤に見せた。
剣を持たずに動くと、確かにそれはダンスの様だと安藤も思った。
「ダンスか。あぁ、でもそっか。剣舞とかもある意味ダンスか」
「あ、確かに。舞ってつくからにはそうですよね。だからこういっちゃなんですけど、ワンカットスローなんかで撮らなくても、僕結構綺麗に動けると思うんですよね。ダンスは得意なんで。監督の言う一つ一つの動きを大事にってのも確かにそうだし解りますけど、でも流れだって大事じゃないですか?正直こんな細々撮ってたら演技も何もないっていうか、ちょっと僕的にはやりずらいんですよね」
眉を下げて笑いながら、未来は思わず撮影の愚痴を安藤にこぼした。
そんな未来に安藤は柔らかい笑顔でこたえた。
「まぁなぁ~、お前の言い分も解るけど、でもそれじゃこの映画の意味がないっていうか、湊監督の味がなくなるっていうか…」
「味?」
未来は安藤が言わんとする事がわからず、疑問符を浮かべながら言葉を返した。
「うん。だってそういう流した派手なアクションって、他の映画でもう出来てるじゃん?そうなるとその土俵で目が引ける程のアクションを、お前も勿論他の皆も出来なきゃ話になんない。でもそれは無理だろ?だって俺らそっち専門じゃ全然ないしさ」
「っ、そう、ですけど…」
安藤の言い分はよく理解できる。
理解は出来るがしかし納得はいかないと、未来はとりあえずの同調の言葉を返したが、その歯切れは悪かった。
「だからさ、そんな撮り方はそっちに任しときゃいいし、それにもうありきたりすぎる。未來、普通な事をしてたって誰にも見て貰えないんだよ。他と違う個性がなきゃさ。確かにそれを見いだすのもするのも勿論凄く大変だと思うけど、でもそれが出来たらきっと何かが変わる、変えられるって思わない?」
穏やかに、だけど瞳を少年の様に煌めかせながら話す安藤に、未来は自分がとても自分本位な事でへそを曲げていたと思い知らされた。
そして思った。
やはりまだまだ自分は子供でとても短絡的だ。
安藤の様に柔軟に、広い視野で物事を考えられる様に自分もなりたいと、そう強く思った。
※※※
次の日の学校。
昼休みを定番の踊り場で過ごしていた三人は、食べ終えたお弁当をしまい腰窓の前にクロエ、未来、琉空の順に並び、時折吹く風に髪を靡かせながら寛いでいた。
「成る程ね~。流石ベテラン俳優ね。やっぱ言う事が違うわ」
未来から安藤との言葉を聞いたクロエは、パックのレモンティーのストローに口を付けながらそう言った。
「うん、そうだね。不満がってた自分がなんか恥ずかしいよ」
眉を下げて笑う未来に、琉空はその肩をがばりと組んで話し出した。
「でもさ、お前は今回で考えを改められたわけじゃん?そう思うとお前の環境っていいよな。だって俺らの周りにはそんな人いないから」
大人と言えば親か先生か、それくらいしか普通の中学生は関わらないと琉空は思った。
「そうよね。普通の中学生じゃ絶対関われない人と未來は関われてるんだもんね」
「あぁ、うん。こういう時一番思うよ。芸能界入ってて良かったなって」
一昨日までぶーつくぶーたれていたその顔からは想像出来ない清々しい表情をする未来。
琉空にはなんだかそんな未来がとてもキラキラとして見えた。
「そうだろうな~。俺もお前からそういう話を聞くと羨ましく思うわ」
んーっと背伸びをしながら言う琉空に、クロエがにやりと笑って彼を見た。
「ふ~ん、ならあんたもなればいいのに」
「え?」
思いもよらないクロエの言葉に、琉空は思わず瞳を丸く、ぽかんと口を開けた。
そんな琉空に未来が瞳を輝かせて弾む声を出した。
「そうだよ。羨んでなんかないでなればいいんだって。琉空なら絶対うちにも入れると思うしさ」
「そうよ。入りなさいよ。結構楽しいわよ、レッスンとか」
天才子役のお墨付きを貰い、そして毒舌帰国子女にも勧められ、琉空は満更でもない表情を浮かべた。
「ん~、そうだな。前向きに考えとくよ」
今まで考えた事もなかった世界。
芸能界、芸能人。
自分にもなれるのだろうか。
なんの取り柄もない自分でも、強く望めばその道は拓けるのだろうかと、そう琉空はひっそりとそう思い始めた。
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