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第101話
撮影スタジオの片隅にある監督専用のスペース。
モニターに囲まれた中央にはデスクがあり、その上には台本やらなんやら、様々な書類で埋め尽くされていた。
そのすぐそばにある2,3人がけのベンチ。
そこに湊は座り、その前に未来が立っていた。
「駄目。気持ちは解るけど未来にはやらせられないよ。万が一怪我したらどうするの?まだ撮影は終わってないんだよ?それに次のドラマも撮れなくなっちゃうよ?」
眉を下げて困った表情を浮かべ、諭すように話す湊に、未来はそれでも引き下がらなかった。
「でもっ、だから大丈夫ですって。絶対怪我なんかしませんから」
「そんな保証がどこにあるのっ?駄目と言ったら絶対駄目」
湊は話は終わりだと言わんばかりにベンチを立ち、徐にデスク上にある無数の書類の海からお目当てのものを探そうとガサゴソとしだした。
先程の二人の話。
湊と未来は撮影方法についてお互い意見しあっていた。
未来は話を受け入れてくれない湊の後ろ姿をじっと見つめ、唇を噛みしめた。
「っ、でも僕は、僕が全部やりたいですっ」
絞り出す様に言われた未来の言葉に、湊はわざとらしく大きなため息を吐いた。
「はぁ~っ、未來。ただ飛び降りるだけのシーンでしょ?他のアクションは全部未来がやってる。それくらいスタントに任せたっていいじゃん、ね?」
湊は未来の傍までいくと、その小さな肩に手をぽんとのせ、わかってくれるなと、言い聞かせる様にそう言ったのだが
「…それくらいっていうならスタントに任せなくても僕に出来ます」
瞳を逸らして唇を尖らせ、ぽつりと言われた未来の台詞に、湊は人の揚げ足を取ってと口端を引き攣らせた。
「だけど危ないから。未来に怪我されたら本当に洒落にならないんだよ。頼むから納得してよ、ね?未來、この通りだからっ」
突然がばりと頭を下げる湊に、未来はぎょっと瞳を見開き驚いた。
「っなっ?!ちょっ、狡いですよっ、監督っ!」
そんな事をされて文句を言い続けられる程、未来は子供ではなかった。
それを解っての湊の行動に未来は狡いと眉を顰めたのだ。
「解ってる。解ってるけど、でも今は未来にどんだけ言われたって譲ってやれないから。俺の気持ちも解ってよ」
頼むと眉を下げて困ったように笑う湊に、未来はあからさまに大きなため息をわざと吐いた。
「はぁ~っ、もうっ。解りましたよっ。諦めればいいんでしょっ」
相変わらずむすっとした表情を浮かべながらだが、未来は渋々意見を折れた。
そんな未来に湊は心中でほっと安堵のため息を吐くと
「ありがとう、未來。このシーン以外はもうスタント使わないから」
「っ宜しくお願いしますねっ!」
キリリと、きつい眼差しを湊に向け、そして未来は失礼しましたと言って去って行った。
まだぷりぷりと怒っている未来の小さな背中。
湊はそれをぼんやり眺めながら、はぁ~っと再びやれやれとしたため息を吐いた。
そして思う。
頑固と言うか強情と言うか。
勿論それだけ自分の役を大事に思っているからこそなのは湊とて十分解ってはいるのだが、それにしても生意気な子供だなと思ってしまう。
しかしながら、そこまで役に執着できる子役は殆どいない。だからきっといい役者になっていくだろう。
加藤未來、今後が楽しみな子だなと、湊は静かに笑ってそう思った。
役者やスタッフ達の待機スペース。
湊との話の後にそこに来た未来は、丁度居た安藤に愚痴を聞いて貰っていた。
「まぁ、未來の気持ちは十分解るけど、でも俺が監督でもそうしたし、俺も監督同様お前に諦めろって説得するよ」
てっきり自分の意見に同調してくれると思っていた安藤が、まさかの湊より発言をした事に未来は瞳を丸くし、そして面白くないと眉を顰めた。
「っそれって危ないからですか?でもそんな危ないシーンじゃないじゃないですか。ただ高いとこから飛び降りるだけだし、勿論ワイヤー使うから怪我なんか絶対しないのに」
納得出来ないとむくれた顔をする未来に、安藤は柔らかい笑顔を浮かべた。
「でも100%じゃないだろ?だったら駄目だ。お前は今一番大事な時期だ。それは役者としてだからじゃない、人としてな」
「人と、して…?」
未来は安藤の言わんとする意味がわからずそのまま言葉を返した。
「そう。若い将来のある有望な少年の人生を、ただ飛び降りるだけのシーンの為に台無しにしたくないんだよ」
「っ、でもっ」
「焦るな未來。気持ちは解るけどお前にはこれから必ず沢山のチャンスがある。今我慢する事がきっと先の満足になるよ」
な?と言って、肩を叩いてきた安藤に、未来はその言葉を頭の中で繰り返したのち、とりあえずゆっくりと頷いた。
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