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第2話

「二十三、二十四、二十五段、やっと半分……」  ひいはあと息切れしながら広夢は階段の数を数える。五十段の階段を軽快に上れたのは十五回までだった。そこからは自分との闘い、孤独な苦行だ。その行に耐えられず、八十回目、階段を上りきったところで広夢は倒れ込んでしまった。目が回って顔も上げられない。このまま誰にも見つからず死んでしまうのではないかと思ったところで意識が途切れた。 「気が付いたかい」  優しく響く深い声が耳をくすぐる。広夢はそっと目を開いた。木の天井が見える。ろうそくだろうか、オレンジ色の暖かな灯りで辺りはよく見える。どうやら神様が祀られている拝殿の中のようだ。肘を突いて体を起こそうとしたが、体中の筋肉がギシギシと音をたてそうなほど痛む。顔を顰めていると、ふわりとしたものに背中を支えられた。 「無理に起きなくていい。もう少し休んでいなさい」  耳元で聞こえる声に顔を向ける。広夢の口がぽかんと開いた。恐ろしいほど美しい男性が広夢の顔を覗き込んでいた。涼やかな目、高い鼻梁、柔らかそうな唇、銀色に輝く長い髪は背中にゆったりと流されている。光っているように見えるほど鮮やかなオレンジ色の狩衣を着ている。神主が着る服だ、神社の人なんだろう。高坂のお兄さんだろうか?  ぼんやりしていると、頭を撫でられた。 「お百度を踏むなんて、今どき信心深いね。嬉しいよ」  艶めかしく動く唇に吸い寄せられそうになって、広夢ははっと踏みとどまった。男の人に見惚れるなんて初めてのことだ。なにやらすごく恥ずかしく、顔を真っ赤にした。その人はくすっと笑って顔を上げた。 「ひとつ教えておこうね。お百度参りは一日百回参る以外に、百日間通う方法もあるんだよ。無理せず毎日通うようにしたらどうだい」  広夢は小さな子どものようにぶんぶんと首を横に振る。この人の前にいると甘えたくなってしまう。 「今月中に恋人を作らないといけないんです。百日も待ってもらえない」 「そうか。だがもう日をまたいでしまったよ」 「え?」 「十二時を過ぎたんだ。百回参りは一日のうちに終わらせないといけない」  愕然とした広夢が真っ青になる。 「また明日おいで」 「また一からですか」  同情してくれたようで、再び頭を撫でられた。 「きっと願いは叶う。信じておいで、広夢」  広夢はゆっくりと頭を動かし、男の人の顔を見上げる。 「どうして僕の名前を知ってるんですか?」 「どうしてだろうね。ああ、私の名前も教えよう。ホウという」 「ホウさん」  そっと呟くと、ホウはにこりと笑みを浮かべた。 「さ、そろそろお帰り。お家の人が心配するよ」  腕を引っ張ってもらって立ち上がる。さきほどの痛みが嘘のようにすっきりしていた。拝殿を出て振り返ると、ホウがにこやかに手を振った。手を振り返して鳥居をくぐり、階段を下りた。

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