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第12話
「なんだよこれ……後は一人で頑張れってことか!?」
秀明が出て行った翌朝、亜弓は一人ごちて十一桁の数字の書かれたサイドテーブル上のメモに当たっていた。そのメモには『中村サンとのその後が決まるまではかけないように』と書き添えられており、数字は同居していた約一ヶ月半の間、お互いに訊く気も教える気もなかった秀明の携帯の番号である。
しかし、中村に手まで上げさせてしまった手前、亜弓からは動きづらいことこの上なかった。亜弓の方はいつ解雇を言い渡されるかと戦々恐々なのだが、あの夜以来、中村の方は完全無視を決め込んでいる。薬局の前で会ってもロビーですれ違っても、すいと中村は涼しい顔で視線を外してしまう。亜弓としては、いっそ殺せという心境だ。
そんなこんなで、秀明の携帯にはその後一ヶ月、亜弓からの着信はない。情けないなぁ、という秀明の声が聞こえてきそうで、亜弓は電話の横に置いてある例のメモを裏返しにしている。
だがしかし、一応情けないという自覚は亜弓にもある。昨日、週に一度あるかないかという休日を思考と睡眠につぎ込んで、今日こそはと気力をみなぎらせて病院へ乗り込んできたのだ。
たとえその結果、解雇されることになってもかまわない。それで養父母が自分に失望するようなことがあったとしても、それはそれまでだと割り切ることにした。
買いかぶった期待の全てを負えるほど、自分は出来た人間でもお偉くもない。一人の男に心を寄せる、ただの人間なのだということを、亜弓は秀明の存在を契機に知ったのだ。
それでもやはり、実際に自分を無視する中村に会うと、さすがに挫けそうになる。でもこのままではいけないんだ、と亜弓は自分を励ました。
亜弓にはしなければならないことがある。中村が亜弓を好きになって、亜弓が中村を好きになって、その後どうなるのかということへの結論を出さなければならない。
それは亜弓一人で考えて出せるものではなく、中村と顔を合わせて話す必要があるのだから。
午前中の診療分の処方が一段落した昼過ぎに、亜弓は薬局の前を横切って食堂へ向かう中村の姿を見つけた。そこで処方箋の整理をしていた亜弓は、手を止めて席を立った。
「すいません、ちょっと外します」
「はーい。もうすぐ石田くんが戻ってくるからいいですよ。二時半には入っててくださいねー」
パソコンに向かったまま言った橋本に頷いて、亜弓は白衣を脱いで椅子に掛け、薬局を出た。食堂までの直線に中村の姿は既になかったが、食堂に入るとすぐに見つかった。昼食には少し遅い時間ということもあって空席は多く、しかも中村はいつもと同じ席に座っていた。
亜弓はズカズカと歩み寄り、同意も求めずにその向かいに座る。
「あゆ……柴崎くん」
目を丸くして、わざわざ呼び直した中村がひどく憎かった。
「話があります。逃げないでください」
早々に腰を浮かせかけた中村に釘をさす。しぶしぶ中村は腰を落ち着けた。
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