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第2話 彰、淫魔界へ連れ去られる。

その夜、#秋山彰__あきやましょう__#は、残業で職場に残り、時刻は夜10時を回っていた。同僚達は、既に直帰した後だった。 世界中でパンデミックが起こっている感染症によって発生した緊急事態宣言が敷かれた事で夜営業していた店はこの時間には全てシャッターを降ろしていた。  年の瀬なのに。 本来なら掻き入れ時になるこの時期には、一向に空いている店舗はなかった。それどころか降ろされたシャッターには、張り紙が貼られ閉店を知らせる店が目立つようになった。  高校を卒業して5年。本来なら大学か専門学校の進学を考えていたが、毒親の両親は兄のみを国立大学に行かせて自分の学費を出すのを渋ったせいで進学は頓挫した。大喧嘩して勘当された彰は一人県外で働き口を見つけ、両親から逃げる形で一人暮らしを始めた。  知らない土地での仕事と生活は彰を気にかけてくれる人間はおらず、仕事でミスをすれば人格否定から入る程叱責は苛烈で、それを同僚は見知らぬふりをしていた。それでも辞めず、5年も働き続けている理由。それは彰が高校卒業で、まともな職にありつけるか分からなかったからだ。 最近は辞めていく同僚の引き継ぎで仕事量が増えていた。それと同時に残業は増え、体調も崩しやすくなった。困った彰は上司に仕事量を減らしてほしいと相談した。しかし、上司の言葉は辛抱極まりなく逆になぜ体調管理もできないか責め立てられた。 本当なら、自分だって今の仕事を辞めたい。 でも次の働き口がすぐに見つかるか分からない。 だから彰は、今の仕事をやり続けるしかない。今資格を取るために少ない給料から少しずつ貯金している。さっさと資格を取って新しい職場に行くためだ。少なくとも、資格があれば今のところよりは待遇はマシかと思う。  彰は駅を出た。 外は宣言下のためか、街は閑散としている。駅にあるタクシー停留所もこの時間には客が来ないだろうと判断され、全く止まっていなかった。 駅を降りて彰は自宅であるアパートに向かう。駅からアパートまで離れていて、この時期にはアパートまで寒さが堪えている。 「タクシーもない、か。バスも来ないし、このまま歩いて帰るか」  自転車が欲しいが買いたい金額が準備できないのが悩みだ。宣言下になって彰の給料も下がった。今は資格を取るためと貯めていた貯金から切り崩さないと生活が成り立たないくらい。  諦めてそのまま家路につこうとした時、彰の鼻腔を甘い香りが刺激した。 ふと彰が振り返ると、そこには銀色の長髪を靡かせた美丈夫の男が立っていた。 *   *   *  男は彰を見ると、優雅に微笑んだ。その微笑みに彰は背筋がゾクリとする。 「どうしたの?こんな時間に」 「あ、いえ」  男を見て、やばいやばいと彰の脳内で警報が響き渡る。一見すると長身で美丈夫なその男は誰もが見惚れてしまう美しさだ。 しかしこの男を見て、彰は末恐ろしさを感じた。 この男、やばい。  彰は男から離れようと距離を取る。だが彼も彰を逃がさないとばかりに彰の腕を掴んだ。 「はっ、離せっ!」  驚いた彰は反射的に男の腕から離れようともがくが、男にすぐに腕の中に囲われてしまう。 「なっ、何だよっ」 「冷えているじゃないか。暖めてあげようか?」 「いっ、いいって!やめっ、やめろよ!」  男から逃れようともがけばもがく程、男の腕を抱きしめる力が強くなる。もがく彰に男は一言呟くと、彰を無理矢理対面する形で向き合わせた。 「大人しくしていなさい」 「何だよ!はなっ、んう!?」  向かい合う形にされた彰は、男に顎を掴まれ無理矢理唇を重ねられた。 ゴクッ、ゴクッ、ゴクッ。  見知らぬ男と突然キスをされて、彰は驚いて目を見開いた。だが彼は彰のその表情にはお構いなく、自らの唾液を彰の口腔内に流し込んでいく。すぐに男は舌を挿入し、抵抗する彰の舌と絡ませながら少しずつ唾液を流し込む。 「んうっ!やめろよっ!」  彰は男の脛を蹴り、彼が怯んだ隙に離れた。彰はスラックスのポケットに入っているスマートフォンを取り出し110番通報しようとしたが、すぐに彼に肩を掴まれその拍子にスマートフォンを地面に落としてしまった。 「うわっ!」 「全く元気な子だね。調教のしがいがあって楽しみだが、足を蹴ってくれた事は許し難いな」  男はパキッと彰のスマートフォンの画面を足で踏み潰した。 彼は彰の肩を掴んだまま、足を彰の体幹に回して横抱きにした。素早い彼の動きに彰はついて行けず、気づいたら彼に横抱きにされた形になる。 「はっ、離せ!何だよ!」 自分の知り合いにこんな男はいない。彰には借金はおろか、トラブルになる出来事もない筈。一体何だこの男。 「私は淫魔王アルカシス。君を迎えに来たんだ。私の#性奴隷__ペット__#としてね」  男の周りがキラキラと輝いている。だが見慣れた駅の風景が輝きと反比例してどんどん姿が消えていく。 彰は、唖然としたまま街の風景が消えていくのを見ているしかなかった。 「これ・・・」 何が、起こっているんだ? 「これから君が行くのは淫魔界だ。このまま転移する。そして君は私の#性奴隷__ペット__#になる儀式を受けてもらう」  そう言った途端、アルカシスと彰はそのまま消えてしまった。残されたのは、通勤に使用していた鞄とアルカシスに抱きしめられた拍子に落ちて画面が割れたスマートフォンだった。

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