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苦手な人
光史朗は普段、小さな機械メーカーの事務仕事に従事している。
同僚とはあまり話さず、周囲からは「職場の大人しい人」と思われている。
いや、実際どう思っているかまではわからない。
それでも、必要なこと以外まともに話さないし、大して仲の良い人なんかいない。
それこそ、内心どう思われていたところで、業務に支障はないと思っているし、プライベートで女装していることがバレなければ、何でもよかった。
「伊伏さーん、コレお願い!!」
威勢の良い明るい声に、名前を呼ばれた。
デスクに座って納品データの計算をしていた光史朗は、心底うんざりした。
声のした方へ顔を向けると、声の主はカウンターの向こうで、提出書類をひらひら空中でかざすように揺らしていた。
声の主は小山 といって、光史朗と同い年の、営業部に所属している社員だ。
光史朗は大柄な体を立ち上がらせ、カウンターまで向かうと、書類を受け取った。
「……いつもギリギリで出すのやめてください」
小山にこんな注意をするのは、これで何回目だろうか。
「えー、ギリギリでも期限内に出してるからいいじゃん!」
再三にわたって指摘しているのに、小山はまるで聞かない。
「…処理する方の身にもなってください」
「うん、わかった!それじゃ!!」
この語調から考えて、光史朗の言葉を本気で受け取っていないことは明確であろう。
小山は悪びれる様子もなく、光史朗に礼や謝罪もなく去っていった。
──ああ、ホント、現実つら……
光史朗はデスクに戻ると、パソコンに小山の営業成績データを入力しはじめた。
「小山さん、やっぱりカッコいいよねえ」
「うん、やっぱさ、彼女とかいるのかな?」
さっきのやりとりを見ていた女性社員たちが、少し向こうでおしゃべりしている。
小山は身長160センチ前後と小柄ながら、美形で性格も明るいので、女性社員に人気がある。
しかし、どちらかといえば内向的で人見知りがちな光史朗は、彼が苦手だった。
口が軽そうだし、彼のような人に趣味を知られたら、周囲に言いふらされてしまいそうだ。
仕事中の態度だって好きではない。
他人の分の提出書類まで持ってくるのは立派だが、一気に渡せば済む書類を小分けにして持ってきたり、用も無いのに来ることがしばしばある。
おそらく、光史朗にちょっかいを出して面白がっているのだ。
本当に勘弁して欲しい。
初対面のとき、小山に言われたことを今でも覚えている。
「伊伏さん、おっきいッスね!オレ、チビだからチョーうらやましい!」
光史朗の顔を見るなり、放たれた言葉がそれだった。
小山は褒めているつもりでいたのだろう。
しかし、自分の大きな体をコンプレックスに感じていた光史朗は、内心ムッとした。
身長180センチ体重80キロもの巨体は、大好きなロリィタ服を着るのに難儀することが多いのだ。
胸も肩も広いから、気に入ったものがあってもブラウスやコートのボタンが閉められない。
足だって大きいから、かわいらしい靴を見つけても、サイズが合わなくて諦めることなんてことはしょっちゅうだ。
だから、「うらやましい」なんて言われても、ちっとも嬉しくない。
──身長なんか、欲しけりゃくれてやるよ
光史朗はパソコンの画面とにらめっこしながら、キーボードをカチカチ打ち続けていた。
──あー、はやくアリカちゃんたちに会いたいなあ……
データ入力を終えた光史朗は軽くのびをして、友達との予定を頭の中で反芻した。
再来週、ロリィタファッションを通じて知り合った友人たちと、カフェに行く約束をしているのだ。
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