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ワンダーランドカフェ

約束の日時がやってきた。 今日、カフェに行くメンバーは光史朗、アリカ、ミツカ、明日美子(あすみこ)の4人。 全員、ロリィタファッションを通じて知り合った、仲の良い女友達だ。 「ヒカリさん、久しぶり!」 ミツカにハンドルネームを呼ばれて、光史朗は心が踊った。 この名前で呼ばれると、嫌な日常から解放され、別の自分になった気持ちになれる。 「うん、久しぶりだね、ミツカちゃん」 今の自分は「伊伏光史朗」というさえない男ではなく、「ヒカリ」という名のお姫様なのだと実感できる。 「全員そろったし、行きましょっか!」 サックスブルーのワンピースの上にフリルのエプロンをつけたアリカが、メンバーを確認すると、4人そろって歩き出した。 4人で歩いていると、嫌でも目立つ。 ミツカは黒いフリルブラウスにトランプ柄のジャンパースカートを着ていて、明日美は不思議の国のアリスがそのままプリントされたピンクのワンピース、光史朗はボブヘアのウィッグとうさぎの耳がついたベレー帽をかぶり、裾に時計がプリントされた黒いワンピースを着ている。 今日は全員、不思議の国のアリスをモチーフにしたカフェに向かうので、みんなそれに合わせて、めかし込んで来たのだ。 周りの人が「何あれ?」「コスプレかしら?」などと言ってくるが、光史朗は聞こえないフリをして、友人3人と歩いていった。   「4名様ですね?ようこそ、ワンダーランドへ!」 店に着くと、いかれ帽子屋に扮した男性店員が、奥のテーブル席へ案内してくれた。 「すごーい!」 「ホント、アリスの世界観バッチリね!」 アリカとミツカが楽しそうに、キョロキョロとあたりを見回した。 待ち合わせをした駅から少し離れた場所にある、その名もワンダーランドカフェ。 壁にはトランプの兵隊やハートの女王、チェシャ猫、キノコの上に座った芋虫おじさん、エプロンドレスの女の子が描かれ、壁際や通路には猫脚のチェストや「Drink me」と書かれた大きなボトル、チェシャ猫のぬいぐるみ、レプリカの王冠などが飾られていて、見るものを楽しませてくれている。 「かわいー……」 光史朗は感動のため息を吐いた。 光史朗たちが座ったテーブルは、赤い薔薇模様のクロスがかけられていて、3月うさぎのぬいぐるみがディスプレイされていた。 床は黒いタイルと白いタイルを交互に敷いたチェスボード模様で、店の隅にはポーンやルーク、ナイトにビショップなんかのチェスの駒のモニュメントが置かれている。 入り口やトイレのドアはすべて楕円形で、金色の文字で「Wonderland cafe」と書いてあった。 「料理も可愛い!私、「ハートの女王のイチゴタルト」にしよっかな」 明日美がさっそくメニューを開いた。 「私は「なんでもない日のお茶会セット」で!」 アリカは自分の食べたいものを早々に決めた。 「私は「イートミー・ケーキ」か「チェシャ猫バーガー」で迷ってるんだよねー」 ミツカはどれを注文するか悩んでいて、それは光史朗も同じだった。 「……じゃあさ、ぼくはチェシャ猫バーガーにするよ。ミツカちゃんがイートミー・ケーキ注文してくれる?それなら、シェアできるよ」 「ホント?ありがと!」 ミツカがメニューをパタンと閉めて、光史朗にお礼を言った。 しばらく談笑してから、料理が運ばれてくると、4人全員で「かわいい!」「写真撮ろー!」と大はしゃぎした。 どの料理もSNS映えするような、かわいらしい見た目をしている。 4人は運ばれてきた料理にスマートフォンのレンズを向けて、夢中で写真を撮った。 その後は、「そのお洋服ステキね、どこで買ったの?」「この後はショップ巡りしましょうよ」「アンジェリーク・プリティの新作、すごく可愛いよね!」「ぼく、メタモルフォーシスの和柄買おうと思うんだ」などと、食べながら談笑し続けた。 ──ああ、たのしー!! 気分はすっかり不思議の国に迷い込んだ女の子で、光史朗は食事とおしゃべりを大いに楽しんだ。 楽しいひとときを過ごし。食事を終えて会計を済まそうと、店内のカウンターに並んだ矢先、聞き覚えのある声がした。 「ねえ、ひょっとして、伊伏さん?」 「え……小山さん?」 背後から声をかけられて、思わず振り返ってしまった。 後ろに立っていたのは、営業部の小山だった。

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