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最悪の出来事
小山の隣には恋人だろうか、髪を明るい色に染めて、派手なネイルを施した、ピンヒールを履いた女性がいる。
その女性と小山は、光史朗たちの後に並んで会計を待っていたところ、小山が光史朗の存在に気づいたらしかった。
呼ばれた声に反応して振り返ってから、光史朗は「しまった!」と思った
──無視すればよかった!
ここで律儀に返事して、相手の名前まで呼んでしまっては、自分から名乗り出たも同然ではないか。
「やっぱり、その声、伊伏さんじゃん!こんなとこで会うなんて、すごい偶然っスね!」
「あ……ハ、ハイ、そうですね……あ、会計、コレでお願いします!」
光史朗は、あわててカウンターの向こうにいるスタッフにクレジットカードを渡した。
──早くこの場を切り抜けなきゃ!
「ねえ、この人は知り合い?」
光史朗と小山の顔を交互に見つめて、明日美が尋ねてきた。
他の2人も、「この人はだれ?」といった視線を向けてくる。
「う、うん。ほら、店を出よう!あとで精算しようね!」
頭の上に疑問符を浮かべる3人を引っ張っていくようにして、光史朗は店を出た。
店の外で全員分の食事代を精算すると、予定通り、みんなでショップ巡りに向かった。
いつもは楽しいはずのショップ巡り。
ロリィタ服のブランドショップは内装がきらびやかでかわいらしくて、入るたびに心が躍る。
しかし、今日は気分が降下しているせいか、全て色褪せて見える。
あのバカに明るい小山のことだ。
光史朗はこれから起こるかもしれない最悪の未来を想像して、身震いした。
「日曜日に伊伏さんとばったり会ったんだけどさ、ヘンなカッコした女の子たち連れてたよ!伊伏さんも同じで、ヘンなカッコしてた!」
「ヘンなカッコって?」
「ゴスロリっての?コスプレっての?なーんか、フリフリでリボンとかいっぱいついた服着てた!」
「えー、マジでー?」
「ちょーウケる!!」
「あの陰キャの事務員さん、そんなシュミあったんだー!」
小山が営業部の女性社員たちに暴露して、女性たちが笑い出す。
営業部の女性はみんな垢抜けていて、明るいというのか、ミーハーというのか、あっけらかんとした人が多い。
そんな人たちに自分のこの趣味を知られたら、会社の笑い者確定だ。
「ヒカリさん、なんか元気ないね」
ショップ巡りの最中、ミツカが光史朗の顔を覗き込んだ。
「どこか痛い?」
明日美が光史朗の方へ歩み寄り、光史朗を見上げてきた。
明日美は身長が150センチしかないので、光史朗と目を合わせるとなると、どうしても見上げる形になる。
「あの人に会ってから、様子ヘンだよ?ていうか、あの人は誰?知り合いなんだよね?」
アリカも心配そうな顔をした。
「あの人、職場の人なんだけど…ぼく、職場ではロリ服着てること隠してるんだよね……」
「え、じゃあ、知られたら、ちょっとマズいカンジ?」
アリカが光史朗の一大事を察して、詰め寄ってきた。
「ロリィタ服着てるって知られたら…周りにいいふらされて、笑われるかも……」
光史朗の声が、尻すぼみになる。
「万が一、言いふらされて、酷いこと言われたりされたりしたら、上司に相談するのよ?」
「上司がダメだったら、弁護士さんとかに相談とかも考えたほうがいいかも」
「そうそう、悪質な噂の流布は名誉毀損になるって聞いたことあるもん。泣き寝入りとかはダメよ!」
明日美子、ミツカ、アリカは、次々に慰めの言葉をかけてくれた。
そんな女友達の気遣いが、何より心に沁みる。
彼女たちは全員、本名も住所も知らない友人だが、光史朗にとっては大切な友人だった。
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