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明日が憂鬱

「あ……ハ、ハイ、そうですね……あ、会計、コレでお願いします!」 一方で、声をかけられた伊伏は、なぜかあせった様子で会計をすませ、3人の女性と一緒に、足速に店を出て行った。 なぜそんな格好をしているのか、連れている女性たちとはどういう関係なのか、いろいろ聞いてみたかったのに、一言も話せなかった。 「背の高い女の人だと思ったけど、あの人、男の人だったんだね。ていうか、あの人、アンタの知り合い?」 彩愛が小山の肩を揺すって、疑問を口にした。 「うん、職場の同僚の人」 職場以外で偶然会えたという幸運に恵まれたのに、何ひとつ話せなかったことが辛くて、小山は肩を落とした。 「はあ……」 帰宅した光史朗はウィッグをはずしてベッドマネキンにかけると、メイクを落として顔を拭き、ベッドに寝転がった。 そして、落ち込んだ気持ちを少しでも上に持ち上げようと、スマートフォンを取り出して、大好きなロリィタファッションブランドのホームページを開いた。 しかし、そんなことをしても、沈んだ思いはなかなか浮き上がってこない。 普段なら、新作のジャンパースカートやブランド主催のイベント告知を見ていれば、「次は何を買おうか」「これかわいい!」「楽しそう、行きたい!」とウキウキして疲れも吹き飛ぶのに、今日は何も楽しくなかった。 明日、小山に会ったとき、どんな顔をすればいいのかもわからない。 ──女装してること、バレたらどうなるんだろ…… 光史朗にはロリィタファッションの友人知人が山ほどいるが、その中には光史朗と同じように女装している男性もいる。 彼らの中には、「親にバレて服を捨てられた」とか「職場バレして揉めた」という人もいた。 今まではそんな話を他人事として受け取って聞いていたから、自分の身にふりかかることなど、考えたこともなかった。 『ねえ、事務の伊伏さんって女装してるらしいよ』 『えー、チョー気持ちワルい!!』 『いいトシして、おまけにあんなデカいナリした男が、フリルのドレス着てるとかマジありえねー』 明日、誰かに浴びせられるかもわからない罵声や、からかいの言葉を勝手に想像して、光史朗の気分は落ちるところまで落ち込んだ。 ──最悪、仕事やめることになるかもしれないな…… スマートフォンを脇に置いて、光史朗はあれこれ悩んだ。 いつもはやすらぎを与えてくれるお気に入りの猫脚の白いテーブルや、フリルのテーブルクロス、天井からベッドへ垂らした天蓋、そして、ハンガーラックにかけられたたくさんのロリィタ服。 それらが今は、色褪せて味気ない風景に見える。 翌日、いつもどおり出勤できた光史朗だが、落ち着かない心持ちでいるせいか、普段ではありえないミスを連発してしまい、散々だった。 昼になった。 12時を告げるベルが鳴り、光史朗が食堂に行こうとデスクから立ちあがろうとすると、カウンターの向こうから、小山に声をかけられた。 「ねえ、伊伏さん!よかったら一緒に食べない?」

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