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高身長男子の戸惑い
「え……」
「ね、一緒に食堂行かない?」
「あ、はい……行きましょうか……」
突然の誘いに戸惑ったが、光史朗の趣味をまだ誰にも口外していないなら、口止めできるいい機会かもしれないと思い、光史朗はあえて誘いに乗ることにした。
「ね、伊伏さん。昨日会ったよね?あのカッコは何だったの?何かのコスプレ?」
食堂で席に着くなり、さっそく小山が疑問を口にしてきた。
「……コスプレじゃないから」
光史朗は食堂で注文したうどんを箸でつまんだ。
「え?じゃあ、なに?」
小山がカレーを皿からすくって、口に放り込む。
「えっと……ロリィタ、ってヤツ」
「あー、たまにテレビとかで見るわ。男でも着るんだねー」
光史朗の箸はまるで進まない一方、小山はカレーを次々に口に入れていく。
「あ、あの、他の人に言わないでくれる?」
「なにを?」
小山はカレーを口の中でもごもごさせながら聞いてきた。
「ぼくが休みの日にロリィタ服を着てること」
「なんで?」
カレーをごくりと飲み込むと、小山は呆けた顔を向けた。
「そういうのを知るとね、面白がって笑う人がいるから…なんか、ロリィタ服着てると、別の生き物みたいな扱いする人もいるんだよ」
これは本当のことだ。
ロリィタ服を着て歩いていると、「見てよアレ!」と指さして笑われたり、スマートフォンのカメラを向けて盗撮されることがたびたびある。
「ふーん、そっか、うん、言わないよ!」
小山はにっこりと、人好きする笑顔を見せて了承した。
「それより、早く食べなよ。うどん冷めちゃうよ?」
「うん……」
小山に言われて、光史朗はすっかりぬるくなったうどんをすすった。
「ねえ、ああいう服ってどこで買うの?」
「何歳から着てるの?たしか今は25歳だったよね?」
「ねえ、伊伏さんってどこ住み?歩いて来てるんだっけ?」
「あの女の子たちとはどういう関係?」
「彼女とかいるの?」
「明日も一緒に食べない?」
小山はその後も、光史朗のことをあれこれ聞き出してきて、明日も一緒に食事する約束まで取りつけてきた。
──前々から思ってたけど、ヘンな人だな
何でぼくにこうも絡んでくるんだろう?
疑問はあったが、少なくとも、プライベートでのことを秘密にしてくれるのはありがたい。
少し離れた席から、女性社員たちがこちらをチラチラ何度も見てきて、ヒソヒソ何か話し込んでいる。
彼女たちはおそらく、営業部の社員たちだ。
イケメンの人気者が、地味な事務職員と食事しているのが不思議でならないのかもしれない。
それを見た光史朗は、明日は約束どおりに小山と一緒に昼食を摂って、明後日は女性社員たちと食べるように進言しようと思った。
──人気者を独占するのはよくないよね
きっと小山さん、優しいから、ぼくみたいな陰気なヤツに声かけてくれたんだ
思ったより悪い人じゃないのかも……
小山が光史朗を誘ったのは、興味本位や職場の人に対する気づかいなどではなく、本心から接点を持ちたいからだということに、光史朗は気がつかなかった。
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