11 / 15

佇む女と嘘つき男

 慌ただしく電車を乗り継いで、降りた駅から先はバスではなくタクシーに乗せられた。目的地は街中なのか? と思っていたらそのまま二時間くらい余裕で走った。  タクシーは山へ山へ、ひたすら分け入り進んでいく。どんどん回るメーターを眺める作業は人の金とは言え、精神的によろしくない。  二個ほど峠を越えた感覚はあったが、そのほかの事は覚えていない。時折現れる地名を見ても、土地勘がないのでさっぱりわからない。正直ここが群馬なのか栃木なのか長野なのかもわからない。なんとなくその辺……みたいな気持ちはある。  しかたねーだろ俺は引きこもりだし日本の地理なんて小説書くときに必要だったら調べる程度の知識しか持ち合わせていないんだ。  とにかく気が付いた時にはもう一人じゃ帰れないような山奥にたどり着いていた、ってわけだ。  温泉行こう。  の一言で連れて来られたのは、なんとも言い難い絶妙に小ぎれいな中途半端な温泉宿だった。  …………いや、まじで温泉じゃん。  ということに若干ビビってしまった俺は悪くないと思う。なんかコイツなら、温泉付きのラブホとか、温泉が有名な心霊スポットとかをお出ししてきそうじゃん。なんといっても今回の案内人は勿部ナガルなんだから。 「へ~…………思ってたよりふつーだねぇ!」  まあ、そういうのを、旅館の人の前で堂々言っちまうところは相変わらずの勿部ナガルって感じだけどな……。 「おま……そういうの、でっけー声で言うもんじゃないだろ……」 「え? そう? 褒めてるよ、おれ。だってなんかサイトの写真とかさぁ、いつ撮ったの? 昭和? いま令和だけど? って感じだったし、全然期待してなかったからさーちゃんと旅館! って感じでびっくりーみたいな」 「声を、落とせ、ばかやろう」 「わ。久しぶりに面と向かって罵倒されたぁーふふふ、いいね、いまちょっとグッと来たなぁ。最近タイラさん、罵倒にキレがないんだよねーもっとこう、向う見ずに全身全霊で拒絶してくんないとねー」  いつもどおりカパッと口を開けて、壊れたオモチャみたいに首を傾げて笑う。  俺はもうすっかり慣れてしまった不気味な笑顔だが、部屋まで案内してくれた中居さんは完全にドン引きしていた。  ナガルはデカいし、目立つし、外見だけなら人畜無害系のイケメンだから余計にたちが悪い。初見の好感度が高い分、口を開き動くナガルの破天荒さのギャップは、不気味を通り越して不快の領域だろう。  必要最低限の説明だけささっとこなし、中居さんはそそくさと退散した。申し訳ない気持ちで頭を下げた後、ゆっくりと見渡した部屋はなんというか……うん。申し訳ないけど、ナガルの言う通りの印象だ。  普通。普通の旅館だ。  古さも不気味さもない。逆にとんでもない高級感や洗練された心づくしがあるわけでもない。ごく普通の『まあ二万円以下ならこんな感じの部屋に通されるだろうな』って感じの、なんの変哲もない部屋だった。  普通すぎてコメントに困る。  てっきりアヤシイ場所に引きずり込まれるもんだと思っていた俺は、どう反応していいかすらわからない。ていうかこの旅の目的すら知らない。  温泉行こう。といきなり言ってきた男は、俺の予定なんてガン無視で日程を立て、どうせ暇でしょータイラさんどこだってパソコンあれば仕事できんじゃん、と大変失礼なことをほざき(全くその通りだけど)、なんで温泉なんだよという俺のまっとうすぎる質問には短く『シゴト』と答えただけだ。  仕事。……ってのは、たぶん、ユーチューバーの方じゃないんだろうよ。  ますます、なんでこんな普通の旅館に連れて来られたのか意味がわからない。  ……近場に心霊スポットでもあんのか? 山だし、川も近いっぽいし、自殺の名所があるんですーって言われたら、それはそれで納得しそうな景観ではある。  絶妙にありきたりな机の上には、ファイルに入った『館内案内図』がご丁寧に鎮座している。  どうでもよさそうにペラペラとそれをめくり、どうでもよさそうにナガルは笑う。 「わ。露天風呂とかちゃんとあんだねぇ! みてみてタイラさーん、すっげーこれなんで緑色にライトアップしてんだろうね? こういうの一般的には風流なの?」 「いや……風流じゃねーだろうけど、こういう旅館の風呂なんて大体そんなもんだろ知らんけど」 「えーそうなの? おれあんま、泊りで出かけたりしないからなぁー。シゴトんときはビジホだしー。あ、タイラさんここのお風呂ならゆっくーり入れるよねぇ、後で一緒に露天いくー? なんか緑だけど、うはは」 「いかねーよ……何されるかわかんねーし」 「わ、ひどい。流石に露天風呂でえっちなんかしないよー誰に見られるかわかんないじゃん? そこまで馬鹿じゃないしー露出系はリスク高すぎるからしなーい。そんな事しなくっても、タイラさん十分恥ずかしがってくれるしさぁ」  からりと笑う、ナガルはいたっていつも通りだ。  おまえほんと、なんでこんなとこ来たんだ、という問いかけはもう面倒くさいからしない事にしていた。  どうせナガルは答えない。  こいつの言葉とか思考とかそういうものは、一般の人間との会話を想定していない。言葉のキャッチボールどころか、意志の疎通すら放棄している。  この数か月ですっかりナガルに慣らされ、幽霊と暮らすよか化物の方がマシ、くらいの気持ちに落ち着いてしまった俺は、流されるままにぼけっと部屋の窓から森しか見えない景観を眺め、風呂見てくるというナガルを送り出しつつパソコンを広げ若干仕事をこなし、食事会場でささっと適当な懐石を適当に食った。  見た目はそれなりな夕食だった。……味もまあ、それなりで、一部『ナガルの飯の方がうまい』と思ってしまってちょっとどころかかなり悔しい思いをした。  いや、その……自分のいかんともしがたい感情については流石に納得して飲み込んでいるつもりなんだけど、いまだにちょっとトキメキポイントを見つけるたびに『俺なんでこんなのにきゅんとしたの?』って絶望的な気持ちになるもんで。  二人切りの温泉旅行って言葉にも若干こう、あー……うん。いやこれぜってー別に何の他意もないのは知ってるけど。それでもほんの少しくらいは浮かれた気持ちが顔を出しそうになってよろしくない。  ぜってーにただの旅行じゃない。そんな無駄な事こいつがするわけない。  勿部ナガルは適当で大雑把にみえて、とんでもない現実主義野郎だ。  嘘が嫌いで無駄が嫌い。意味のないものが大嫌い。  だから絶対に、なんとなく温泉もいいよね~と思って~なんて理由の訳がない。  それは十分にわかっているのにやっぱり俺は浮世離れした雰囲気にのまれそうになる。  いかん。まじでよくない。ついでに仕事の取材もこなそうと思って持ってきたノートは真っ白だし、原稿だってほとんど文字数は増えていない。  煩悩追い払うつもりで一人で向かった風呂はやっぱりなんというか、コメントしようのない普通の旅館ぶった風呂で、緑色のライトアップを見るたびに煩悩の元である男の顔がちらついて最悪だった。  くそ。うっかり風呂の中でヤられた日の事思い出しちゃったじゃねーかくそ。あの後も定期的にぬるぬるした入浴剤とか泡ぶろの素とか買ってきたナガルに無理矢理風呂に引きずり込まれて、定期的に逆上せて倒れてる俺は正直風呂と言ったらナガルにヤられる場所、というイメージがつきかけている。  勿論俺だってこんな開けっ広げな場所で致したくはないけど! けど! ……えっ、しねーの!? ってちょっと思ってしまった自分が本当に一番嫌だと思ってんだよ! 「…………いかれてんのはどっちだよ、ほんと」  火照った息をはぁーと吐いて、浴衣に着替えてとぼとぼ、自室へ向かって歩いていた時だった。  目の上で、電灯がチカチカっと瞬いた。  ……なに? いまの。こういう旅館で電気の接触不良なんて、珍しい。そう思って顔を上げようとして固まる。天井を見ようとして、足元から視線を上げる途中で――固まる。  俺の泊まる部屋は廊下の中ほどにある。エレベーターから降りて、左に曲がってまっすぐに伸びた廊下の真ん中。その奥――。  ――奥に、ママが立っていた。 「…………、っ…………!」  久しぶりに、息が止まった。  一瞬、心臓も止まったんじゃないかと錯覚する。どくん、と一際大きく打った鼓動のあと、とくとくとくとくどくどくどく、と、自分の動悸が耳の中で響く。  でかい。長い。のっぺりとした顔。目鼻が妙に小さくて、感情のない顔。その足元には、這いつくばるようにぐちゃぐちゃになった男のなれの果てがある。  ……いやいや。  いやいやいやいや嘘だろ、だって、嘘だ、いままでママは、あの家以外で見たことはなかった。外はママじゃない怪異で溢れていたけど、ママは、一度も、家から出なかった。それなのに。  ぐらり、とママが崩れ落ちる。  こちらに向かって足を踏み出したのだ、ということに気が付いて俺は、縺れそうになる足を無理矢理動かしてどうにか部屋の中に逃げ込んだ。 「あっれ、タイラさん早かっ――」 「ま、ママ……っ、ママが、いる! 扉の、向こうに、立って……っ、ナガル、どうしよう、ママが追いかけて、」  きた。  と、俺が言い終わる前に、言葉を切ったのは、……目の前の化物じみた男が、見たことないような顔で笑ったからだ。  なんだよおまえ、その顔。その――頭のネジ五本くらいどっかにぶっ飛ばしたみたいな、最凶な、笑顔。 「………………ビンゴ」  クハ、と笑った化物は、硬直している俺の前へ三歩で詰め寄る。そしてドン、と俺の顔の両側に肘をつくと、ぐう……と首を伸ばして顔を寄せてまた笑った。 「よかったねぇタイラさん、おれ、大正解しちゃったみたい。正直三年計画くらいで徐々に削っていくしかないのかなぁおれはともかくタイラさんの寿命持つの? ギリじゃない? って思ってたからさぁ、奇跡っていうか僥倖っていうかー」 「よ、よく、ねーだろ、なんでっ……てか、おまえ、何か、知って」 「知ってるよー勿論知ってる。タイラさんより色々知ってる。ちゃーんと逃げないで調べたからね? つっても、タイラさんは立場上知るべきじゃないから、別に知らなくっていいんだよ。ああいうのは、知れば知るほど調子に乗る。だからおれ、あなたの前ではアレの名前すら呼んでない」 「なまえ……あんの、か?」 「でも、もういっか。たぶんもう終わるからね。一気に説明するのたるいしー……名前くらいはタイラさんが知ってもいいかな。でも、繰り返しちゃだめだよ? おれはいい。おれが呼ぶのはいい。タイラさんは呼んじゃダメ。それでも聞きたいなら――」 「……、聞きたい……っ」  思わず、食らいつく勢いで叫んでしまった。  怖い。勿論怖い。聞きたい。聞きたくない。本心はどっちもだ。  でも俺はあいつが憎い。俺の人生を、俺の母親の人生を、俺の家族のすべてをぶっ潰したママ。ママが憎い。ママが憎い。憎い。アレの事を知るのは怖い。でも、もうあんなものをママだなんて呼びたくないんだ。  ナガルは笑っただろうか。わからない、俺の位置からはナガルのうなじと肩口しか見えない。  ナガルは俺の耳を噛む。そのまま、声にならないくらいの潜めた息で、その名前を口にした。 「キシワダトワコ」  その瞬間、一際大きいドンッ! という音と振動が扉を叩いた。ナガルじゃない。これは、扉の外――ママ。キシワダトワコが叩いた音だ。 「はいはい、タイラさんこっちね。あんま近いのよくなーい。せっかくおれが張った結界が崩れちゃう」 「けっか……え、なに、おまえ、そういうあからさま『能力』みたいなの、使えんの……?」 「うっわその顔なに? そこで引く? そこは感動しておれにめちゃくちゃ感謝するとこじゃないー?」 「いやだって……いままでそんなガチ霊能力者みたいな言葉使った事ないじゃんかよ……」  なんとなくナガルのいいところは胡散臭い道具を使わないところだ、と思っていた。結界とかいきなり言われたら『ラノベじゃん』って思うだろうがよ。  ラノベじゃん、と思ったせいで息をすることを思い出した俺は、ナガルに引っ張られるままに扉から離れて、勢いよく抱き留められた。  ……俺がふらっふらしてんのが悪いんだけど、どうもこいつにがっしりと抱きかかえられることが多い。俺がふらふらしてんのが、悪いんだけど。あと個人的には別にこう、この体勢自体は歓迎するんだけど。  ドン、ドン、ドン、と叩かれるドアには、見るからにお札っぽいお札が貼ってある。  うっわ……と声が出てしまったらしく、俺を後ろから抱きしめている状態の男が笑う気配がした。 「タイラさんひっでーの! あれ、結構高かったんですけどー? ちゃんとした人がちゃーんとかいた、ちゃーんと高くて塩とか酒よか強い本気の除霊グッズだよ? ま、普段はおれが塩撒いた方が早いから使うことないんだけどねーくっそ高いし」 「そ、んな便利グッズあんなら、うちでも使ってくれよ……」 「むりむり。もう一回言う? あれね、まじのまじでくっそ高いの。しかも使い切り。あんなの日常生活で常用するんなら、新しい家買って住む方が断然安いよ。今日は『この日、この場所だけ』だって思ってるから使ったんだよ」 「……その言い方、なんだよ、まるで、今日が最後みたいな」 「んー……おれは結構そのつもりだけど、どうかなぁ。トワコ強いからなぁ」 「………………は? おまえ、何言って、」 「決着、ついちゃうかもねーって話。良かったじゃんタイラさん、おれの見立てが全部大正解なら、たぶんタイラさん、明日の朝にはトワコと綺麗さっぱりサヨナラできるよ」  たぶんだけど。  そう付け加えたナガルが、俺の正面にいなくてよかった、と思う。だって俺は、なんていうか――自分でも、どんな顔を晒していたのかわからなかったからだ。  歓喜。驚愕。疑問。この辺はまあ、問題ない。実際その全てが混ざった感情が沸き上がった。ただその中に、絶対に隠しておかなければならないモノも、混ざっていた筈だ。  ……だって、アレの除霊が終わるってことは、おまえの仕事、終わるってことだろ?  アレが家から居なくなれば、きっとうちはそこそこ普通のただのボロい平屋になる。ママは大所帯がお好みだ。うちが幽霊屋敷になっているのは、確実にママの――キシワダトワコのせいだ。  勿部ナガルが俺の家に同居しているのは、別に、トワコの除霊の為じゃないだろうけど……でも、何も出なくなった俺の家に、おまえ、興味なんかないだろ? 「ま、絶対じゃないけどねぇ。おれ、正直そんなに優秀な霊能者じゃないし、感覚的なモンもタイラさんの方が敏感なくらいだしさぁ。……あ、トワコ諦めた? あれ? 根性無……くなかった、うは、きも、変態じゃんストーカーじゃん!」  何が、と思いナガルが首をめぐらした方向に視線を向けると、べったりと窓に貼りつく女が見えた。  ……キシワダトワコとやらも、勿部ナガルにきもいだの変態だの言われたかないだろうな、と少々同情してしまいそうになる。  勿論窓にもナガル曰くクソ高いお札とやらは貼ってある。丁度トワコ氏の額のあたりに札があるせいで、キョンシーみたいになっちまってて、若干恐怖心が薄れてしまった。  ていうか、俺はすっかりナガルの腕の中ならダイジョウブ、ということを身体で覚えてしまっているのかもしれない。  勿部ナガルは人間とは違うイキモノだ、と思う。たぶんこいつは化物だ。けれど化物と一緒なら、幽霊は近寄ってこない。 「よしよし、タイラさん随分落ち着いたねぇ。いやー血相変えて走ってくるから、お風呂で痴漢にでもあったのー? って思っちゃったもん」  せめて倒れたとか具合が悪くなったとかそういう心配をしてくれ、と思う。 「いやこんなでけー男、誰が襲うんだよ……言っとくけどな、おまえがでけーから感覚バグってるかもしんないけど俺百七十七センチあっからな……?」 「身長あってもひょろひょろじゃーん。タイラさんなんていうかー未亡人感? あ、いま未亡人って言葉って駄目なんだっけ? じゃあええーっとねー、なんかこう、葬式の日の人妻みたいなぁー」 「いやそれ未亡人じゃねーかよ……いや俺から未亡人感漂ってるわけねーだろ頭湧いてんのか……」 「美人だなんてこれっぽっちも言ってないですー。その全身で不幸ぶってる疲れた感じがねー隙いっぱいって感じなんだって。だから本当は家に繋いでおきたいんだけどさ、一か所に繋いじゃうとトワコ出た時に逃げらんなくて困るじゃん?」 「…………うん? 繋……え?」 「だからねーさっさとトワコぶっころしたいんだよ。もう死んでるのに殺すってのも変だけど、消すとか成仏させるとかそういう柔らかい感じじゃないしさ。おれ的にはぶっとばしたーいって感じだし。ところでなんで今日のタイラさんすごい未亡人なんだろーって思ったら浴衣のせいかもねー。いいね浴衣。おれあんまさー服装とかに興味ないんだけど、タイラさんが浴衣似合うのはわかるよーかわいいね?」 「かわっ……ちょ、待っ、おま、触ん……っ、つかまだいる! ママ、まだ、いる!」 「どうせ消えないでしょ。家でもずーっとガン飛ばしてんだから。てか今更トワコとかどうでもよくなーい? 散々タイラさんの痴態見せびらかしてきたじゃん。もうあんなん壁みたいなもんでしょ」 「存在感ありすぎだろ壁……!」 「ふは! そんだけつっこめりゃ、十分元気だよータイラさん。はーよかったぁ。トワコのせいでぶっ倒れたらどうしようーって思ってたんだよねぇせっかく色々用意してきたのに」  色々。用意。  あまりにも不吉な言葉過ぎて俺は本能的にナガルの腕を振りほどこうとした、が、勿論力で適うわけがない。  下手に動いたせいで、縺れるように床に押し倒されてしまう。  メシ食った後の部屋は、当たり前のように布団が敷いてある。ですよね。そうですよね。旅館ってそういう感じですよね! 数少ない取材旅行の時もそうでした! 飯食った後は寝ろって感じだったわ確かに……! 「な、ナガル、おまえ、さっき、し、しないって言っ……!」 「言ってなーい。露天風呂なんてバレそうな場所で馬鹿なことはしませーんって言っただけ。せっかくタイラさんそんなエロい格好してんのに、しないわけないじゃん?」 「よ、汚れん、だろっ……布団、男二人で、そんなん、どう考えたってやばい……っ」 「だいじょーぶだいじょーぶ。セックスってそんなさーびっしゃびしゃになる程汁出るわけでもないしさー。精液だけ気をつけてれば大丈夫だって。あ、でもタイラさんよだれは気を付けてね? 気持ちよくなっちゃうといつもだらだらよだれ出てるからさぁ」  誰のせいだ、なんて墓穴を掘りそうな言葉は勿論飲み込む。ていうか俺そんな、エロ漫画みたいな顔晒してんの? まじで? という絶望が強くて突っ込む言葉すら浮かんでこなかった。  それでもどうにか腕から逃れようともがく俺の上にどっしりと乗っかり、がっちりホールドしたナガルは笑う。最高に、壊れた顔で、にっこりと笑う。 「おれもタイラさんもゴムしときゃへーきへーき。あ、そうだーいいものあるんだよ、えーとねぇ……ほら、これ! じゃーん!」 「…………いやジャーンじゃねえよ仕舞え頼む仕舞ってください」 「あは、タイラさん結構えっちだねーこれがコックリングってすぐ気がついちゃうくらいにはえっちなんだね? ふふ。ふふふふふふ、ちょっと耳赤いじゃん? え、なに? 想像しちゃったの? いきたくていきたくてイかせてって何度もお願いするのにイかせてもらえないとことか想像しちゃった? あ、いまちょっとびくっとしたー。タイラさんほんと言葉責めによっわいよねー」 「つか……そんなもん、いつ買ったんだよ……」 「え、通販。いますごいよねー好きな品名で送ってくれんの。雑貨とかインテリアとか。サイトみてたら楽しくなっちゃってたくさん買っちゃったー。おれ、そもそもセックスにそんな興味なかったんだけどさぁ、タイラさんとすんの、すんげー気持ちよくって、いろいろ試してみたくなっちゃうんだよねー」  ……危うくいまちょっとグッときてしまいそうになった。いや俺落ち着け、幽霊にガン見されながら男に強姦されそうになってんだ、きゅんとする要素どこにもない。  俺をヤろうとしている男に、ちょっと惚れてるってだけだ。いや、なんだこの図。絶対おかしい。ときめくとかそういう問題じゃない。 「……浴衣、ほんといいね。コスプレ系も興味なーいって思ってたけど、浴衣は別かも」 「ナガル、あの、わかった、やってもいい、から、せめて、その、道具はナシ……! ナシで!」 「やーだよ。つか、タイラさんぶっ飛んじゃうとどうせ理性なんかどっか行くじゃん。おれより快楽によわっちいんだから。我慢してーなんて言っても我慢できないでしょ? 布団、汚したくないでしょ? ……じゃあ、栓するしかないよねぇ?」  いやなんで。なんでそういう結論になるんだ。絶対におかしい。絶対に他に逃げ道がある、筈なのに、テンパってる上に好きな男にガンガン迫られるなんて経験が皆無の俺はわけわかんない方向にテンションが上がってしまって、ビビっていいはずのナガルのぶっ壊れた笑顔に、事もあろうに、あー……欲情、してしまった。  身体が熱い。顔も熱い。耳まで熱くて、息なんか溶けそうだ。 「……おれ、セックス覚えたての猿だよ。きもちいいこと教えたのは、タイラさんだからね? タイラさんが悪いよね? ね? ほらぁ、……せきにん、とらなきゃ」  ね、と笑った後に唇を塞がれる。  ぬるりと熱い舌に溶かされ絆され散々嬲られ、気が付いた時には浴衣は乱れに乱れてほとんど半裸のような状態だった。俺のパンツはいつの間に消えたんだ……おまえの守備力はどうしてそんなに低いんだよもっと頑張れよパンツ……。 「…………タイラさん、かーわいー。ね、ゆっくーり擦られんの、好きだよね? ほら、ね?」 「……っ、嫌、だ、きらい……っ、きらい、だから、やめ……っ」 「えーそう? おれは好きだよ? ねータイラさん、おれねータイラさんのこと結構好き。はは、びっくり、ホントに結構好きなんだよ? ねーねータイラさんはぁ? タイラさんは、おれのこと、嫌い? すごく嫌い? 大嫌い?」  もし、これが、最後なら。  もし、キシワダトワコが本当に明日の朝には消えていて、俺の家の霊障がさっぱりなくなって、勿部ナガルがさっさと出て行ってしまうのなら。  別に言っちまってもいいんじゃないの。と、ちらりと馬鹿な俺が口を滑らせそうになったけれど、一掴みの理性がナガルの求めた答えを無理矢理に口にした。  きらい、だいきらい。おまえのことなんか、好きなわけがないだろう馬鹿か。鏡見てから出直せ化物。  切れ切れの俺の暴言を嬉しそうに楽しそうにどろりとした笑顔で聞いたナガルは、最高に幸福そうな顔でキスをねだった。  嫌いだよ。  おまえのことが好きだから、俺はおまえが嫌いだよ。

ともだちにシェアしよう!