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第1話 ③
胃の奥からふつりと、不思議な感覚が湧き上がる。
ハルにほんのわずか近づいたような嬉しさと、熱を持ったとろりと仄暗い後ろめたさ。とつとつと胸を打つ音が身体に響く。
「アオ、どう?」
ハルがぱっと振り向く。僕は固まった。
なぜだか「しまった」と思った。とっさに隠さねばならないと考えた。けれど間に合うはずもない。
ハルは真後ろにいた僕に少し目を見張って、それから、後ろに一人分の道しかできていないことに気づいたようだった。
心臓がうるさい。頭がくらりとした。僕にはそのわずか数秒がとてつもなく長く感じられた。
はたしてハルははたはたと瞬いてからじっと足跡に目をこらして、それから――ふっとふき出した。
「もしかして、足跡たどってる?」
「……うん」
僕は仕方なしにうなずいた。
ハルはどうして拗ねるの、と笑った。きっと僕が変な顔をしていたのだ。
「新しい雪の上を歩いたらいいのに」
「だって」
僕はハルから目をそらした。
新雪を踏みしめるよりもハルの足跡をたどる方が、ハルの足跡に僕の足跡を重ねる方が、僕にとってはずっと魅力的だ。
そんなことをどうして伝えられるだろう。
「でもいいね」
うつむいた僕にハルが一歩近づく。濡れた手をコートの端でぬぐって、ハルは僕の頭に手を置いた。
柔らかく、頭の上を行ったり来たりする手。くしゃくしゃと音がした。
「足跡が違うから、僕とアオが歩いたことが分かる」
僕は思わず顔をあげた。ね? と首をかしげたハルはにこにことしている。
身体の音が止んで、僕はひどくほっとした。ハルが眉ひとつしかめなかったことが嬉しくて、体の奥が熱かった。
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