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第2話 ①
――気づくと雪が降っていた。
いや、もしかしたら視界の端で捉えていたのかもしれない。論文を読んでいたつもりが、いつの間にか物思いにふけっていた。
途中までは集中できていたのに。僕がため息をつくと、ソファで本を読んでいた野原が顔を上げた。
「葵 くん、休憩しない?」
「する」
僕は手を伸ばして電気ケトルのスイッチを入れる。よーし、と野原は伸びをして立ち上がった。インスタントコーヒーの封が開けられ、いい匂いがふわりと漂った。
僕は論文を伏せて、硬い背もたれに身体を預けた。
灰色の空の下で、外は何とか昼間の明るさを保っている。ゼミ室の窓から見える範囲だけでも、既に地面は白く覆われていた。
積雪なんてあれから何度も経験しているのに、同じ景色は訪れない。
「どうぞー」
「ありがとう」
しばらくしてお湯が沸くと、コーヒーが二杯湯気をたてた。野原は斜め向かいに腰を下ろして窓の外に目を輝かせる。地元ではほとんど雪が降らないそうだ。
マグカップを傾けると、口の中に香ばしい苦みが広がる。そういえばコーヒーも、子どもの頃はとんでもない飲み物だった。
僕が中学三年生になったばかりだった。飲む? と差し出された缶コーヒーを断りたくなくて、初めてもらった一口はひどくまずかった。
まだ早かったねと笑われたのが悔しくて、牛乳と砂糖に頼りながら少しずつ練習して、気づけば日常的に口にしている。
――ずるいよな。
いくつも真似したのに追いつけた気がしない。苦みが増した気がするコーヒーを飲みながら、僕は野原の雪の思い出話を聞いていた。
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